覧会の閉会の日は、珍しく日本晴のお天気であった。晴れさえすれば、もう真夏の紺青の空が目にしみて輝き渡るのである。
軽気球も千秋楽ではあるし、久し振りで、だんだら染の伊達な姿を景気よく天へ浮かべた。
私と西洋人とは軽気球の上で握手した。
――もうすっかり諦めてはいたのですが、一番最後の日になって、こんなに滅法すばらしく晴れ渡ったのを見ると、私はどうも今日こそはひどく奇蹟的な幸運に恵まれそうな気持を感じました。」
西洋人はサックから双眼鏡を取り出しながら、そう去った。
――若し、本当にそうだったら、私だってどんなにか嬉しいでしょう!」と私は答えた。
西洋人は平常の倍も亢奮して、双眼鏡を覗いた。
ところが! 到頭その奇蹟がはじまったのである。
――おお! いました、いました!」と西洋人は突如叫んだ。「あすこに見える。正しく彼女だ! 髪や着物迄何一つ異いはしない。今度こそ見逃すものか!」
私も遉にギクリとした。
――いましたか※[#疑問符感嘆符、1−8−77] ほんとうですか? 何処にいました?」
ミハエルは感動のあまり、我を忘れて籠から半ば体を乗り出した。私はおどろいて、それを抱き止めた。
――おお、地上の宝よ! 私の生命よ!」ミハエルは叫ぶのである。
――どれどれ! 何処にいるのですか? 私にも見せて下さい。」と私は云った。
ミハエルは漸く私に双眼鏡を手渡しながら早口に説明した。
――すぐ下です。博覧会の真中です。大きな赤い旗と緑色の天幕との間にある象の形をした建物の前です。印袢天を着た男達の中にたった一人まじっている女がそうです。……わかりましたか?」
私は彼の云うが儘に焦点を定めた。すると果して一人の美しい女の顔を発見することが出来た。だが、よくよく見るならば、ああ! 私はそこで危く双眼鏡を取り落とすところであった。
何故と云って――私の見出したところのその美しいミハエルの恋人たるや、何と今しも印袢天を着た会場整理の人足共に依って擔ぎ出された、何処か呉服屋でも出品したらしい飾り付け人形であったではないか!
底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
1970(昭和45)年9月1日初版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ、土屋隆
2008年10月22日作成
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