突をひどく可哀相に思って、しまいには泪を浮かべて眺めた。
(――あたしの赤い煙突は屹度病気なんだわ……)と彼女は思った。
 併し、間もなく彼女の病気は癒ったが、彼女の赤い煙突はやはり煙を吐かなかった。
 彼女は生れつきひ弱かったので、その後も幾度となく病気をした。そして二階の窓の傍へ寝かされた。その度に彼女は気を留めて隣の三本煙突を見た。赤い小さい煙突は決して煙を吐いていなかった。
(――可哀相なあたしの煙突!……)
 彼女は白いレースの飾のしてある枕に泪を滾しながら、赤い煙突と彼女自身の身の上を憐んだ。彼女は子供心にも、こんなに体が弱くては到底父親や母親のように大きく成ることは出来ないだろうと思っていた。

 彼女は十六になった。痩せて蒼白い頬に仄かな紅みがさして、彼女は美しい脆弱な花のような少女であった。
 今彼女は寝床から起き上って窓敷居に凭りかかっていた。彼女は風邪をひいて寝ていたのだが、もう殆どよかった。
 夏が近く、日暮に間もない空が、ライラック色と薔薇花《ばらいろ》とのだんだらに染まって見えた。隣の邸の周囲には背の低い立木が隙間もなく若葉を繁らせて、その上から屋根がほんの
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