ャック! 西村さん! それは舟乗《マドロス》仲間で使われる死骸って云う言葉であったのじゃありませんか。ヒョイと、忘れかけていた僕の過去の生活の暗い記憶が思い出させてくれたのです。今度こそは駄目だ! 僕はもうすっかり諦めてしまいましたよ。こいつァ、今更どう悪あがきしたところで始まらない――それで僕は、もとより極く少額ではあるが、たった一人身の僕が有《も》っている財産――て程のものじゃない、身のまわりの物全部を、アメリカに行っている弟へ遺して行く手続でもしようと思って、こうやってあなたの所にあがった次第なのです。ははははは。』
 こう云った清水は何時の間にか再び最初の陽気な客に立ち戻って、燥いだ声をたてたのである。が、西村はパイプを銜えたまま、俊鋭らしい眉間に十字に皺を刻んで、痛ましそうに相手のその様子を見やった。
『そりゃあ、仰せとあれば遺言状も作りますがね、尤もこれは少し商売ちがいなのだが――併しそれにしても、ひどく悪あがきしなさすぎるじゃありませんか……警察の方にはむろん届け出たでしょうな。』
『警察? ええ。届けるには届けました。併し凡そ警察ってものは、あれァ学者の寄り集りですよ、
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