夜の明け方であったろうか――何しろ時間の観念はまるでなくなっていた僕でしたから。とにかく戸外は真暗な夜に違いなく、その地下室の倶楽部には美しい吊燈籠が仄明るくともっていました。その夜も僕は云う迄もなく、麻雀に夢中になっていたのですが、僕の相手と云うのは、倶楽部の番人で胡《ホー》と云う中年の支那人でした。胡は古くからこの倶楽部にいて、因業な、併し物固い(?)そして恐しくばくち[#「ばくち」に傍点]運の強い男として知られていました。所が、その夜は流石の彼も僕の為に散々な負け方をして、一文なしどころか手も足も出ない程の莫大な借金をしょわされてしまったのです。彼はしばらく卓の上に顔を伏せてひどく悲しげな、小犬の様な声を洩らして泣いていましたが、やがてふらふらと立ち上って何処かへ出て行きました。が、間もなく彼は再び戻って来て僕をそっ[#「そっ」に傍点]と、部屋の隅の紫檀の衝立の蔭に呼び寄せたのです。そして其処で彼は、青繻子の上衣のだぶだぶ[#「だぶだぶ」に傍点]な袖の中から一つの見事な象牙の牌《ふだ》を取り出して僕に示しながら、ぶつぶつと囁く様に云いました。「……これをあなたに上げます。けれども
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