すが…』
『恐れ入ります。尤もあまり違わないかも知れません。どっち道、縁切り話には相違ないのですから――しかし、同じ縁切りでも、いや縁切られですよ――こいつァ、つまりこの世との縁切られ話なのです。はッはッはッ。』
『はッはッはッ――』西村も清水も共に陽気な笑声を立てた。
『閻魔の庁で公事を起こそうってわけですね。』
『いいえ。けれども、冗談ではないのです。西村さん! 僕は遺言状を作成して頂きたいのです。』清水の声音は本当に真面目であった。
 そうして再びその眼にはふい[#「ふい」に傍点]と暗い影がさした。
『え? 何だって! 清水君! 遺言状だって? ――これァまた途方もない。君は何か、そんな危険な活劇物でも撮ろうって云うのですか――だが、それにしてもちっと可笑しいじゃありませんか。』
『西村さん。愕かないでください。本当を言うと僕は――』と清水は一流の名優らしく、突き出した両手を蟹の様にひらいて、それをはげしく慄わせながら、そうして双眼をまるくみはりながら云った。『本当を云うと――僕は今日死ななければ、しかも殺されなければならなかったのです。』
『はッはッはッ。君は黙劇《パントマイム》専門かと思っていたら、いや中々どうして! 素晴らしく深刻な科白《せりふ》を聞かせますねえ。』
『いいえ。本当になさらないのも御尤もですけれど、今も申し上げた通りこれは決して冗談や洒落じゃないのです。』
『本当にするもしないも――君……』
 と、云いかけたが西村はこの時始めて清水の眼に宿る満更芝居でもなさ相な、ただならぬ暗いかげに気がついてハッとした。
『そう――やっぱり比処からお話しした方がいい――西村さん。あなたは坊城君から八日の日に撮影場《スタジオ》で撮影技師《カメラマン》の中根が誤って射殺されたと云う話をお聞きになりはしませんでしたか。』
『彼とはしばらく会いませんから聞く機会もなかったですが、新聞でみましたよ。何とか云った女優が、撮影中に真っ向から撃ったんですってねえ。』
『そうですよ。(嘆ける月)の撮影中でした。丁度その女優が――松島順子が、大写《クローズアップ》でカメラに向ってピストルを射つところだったです。射つ当人は勿論のこと、その場に居合せたほどの総ての人、むろん僕もおりました、誰だってそのピストルに実弾が込っていようなんて思いもかけやしませんでした。ドオン! と云う
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