籠屋の女将のフランス女と、だらしがない役者根性の果に、つい造ってしまった情事のおかげで、僕一人だけはみんなと別れて、その儘べったりと上海に居残ってしまう破目になったのでした。彼女は、未だうら若い寡婦《ごけ》さんで――尤も僕よりは一つ方姉さんでしたが――健康そうな肉体を持った相当美しい女であったので、少らず僕の心を囚えていたし(いや決してあなたを前にしてのろけるわけじゃありませんが、何しろ今も申し上げた通り、それは不仕合せ[#「不仕合せ」に傍点]だったのですからね)それに実際、また僕は他の皆の様に血の出る様な苦しい算段までして帰国する程の気力もなかったのだし……
 で、そんなわけで、僕はそれから半年と云うものを上海で送りました。もとより、地道な働きなんか出来ようともする気のなかった僕であったので、そしてまた、そのフランス女は――マドレエヌと云うのです――彼女は可成りの額の金を蓄えていたので、僕は毎日々々飲んだり打ったりして、この都の怪しい世界ばかりをうろうろとほっつき廻っていました。それにはまた恰度よく(?)その当時宿に、マドレエヌの兄でショコラアって云う呼名を持ったのんだくれのマドロスが転がり込んでいて、彼はおそろしくのんだくれではあったけれども、性質はその呼名の如く非常にお人好しの愛すべき男なのであって、地理に暗い言葉の不自由な僕を、妹の情夫のやっぱりやくざ者であるジャップの僕を、毎日親切にさまざまの遊び場へ、地下室に大きなばくち[#「ばくち」に傍点]場の開けている酒樓や、阿片窟や、それから美しい鶏《チー》たちの群がっている彼女らの巣窟へと連れて行ってくれるのでした。
 するとそのうちに、ある日の事、僕たちは――いや、僕は、遂にある恐しい秘密倶楽部の倶楽部員になることとなってしまったのです。勿論、やっぱりショコラアが引っぱって行ったのですが、ショコラアはもとっからそこの倶楽部員だったのですよ。それは、オールドカルトンとかニューカルトンとかカフェマキスィムとか云ったたぐいの家々と共に上海一流の酒樓であるところの、「上海の赤風車亭《ムーランルージュ》」と呼ぶ家の地下室にあった倶楽部なのです。僕ははじめて其処に入る時は――いや、入った当座しばらくの間も、それがそんな恐るべき倶楽部であろうなぞとは夢にも思っていませんでした。が、しばらく経って後そうと気がついた時はすでに遅
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