リアンとヘンリイ卿との間にどんな会話が取り交されたものか、少しも気がつかなかった程、為事《しごと》に心を奪われていたのである。
『それは僕のお蔭さ。ねえ、グレイ君。』とヘンリイ卿が云った。
ドリアンは黙って絵の前に立った。見事に刻まれた唇、青空の如く深く晴れやかな瞳、豊かな金色の捲毛、ドリアンは自分の美しさに初めて堪能した。が併し、その絵姿が美しければ美しい程、云いようのない愁《かな》しみの影が心の底に頭を擡げて来るのをドリアンは気がついた。
『僕は永遠に亡びることのない美が妬ましい。僕は僕の肖像画が妬ましい。何故それは、僕が失わなければならないものを何時迄も保っていることが出来るのであろうか。若しも、その絵が変って、そして僕自身は永久に今の儘でいることを許されるのだったならば! その絵はやがて、僕を嘲うに違いない――何と云う恐しいことだろう。』
ドリアン・グレイは泪を流して、恰も祈りでもするかのように椅子の中に身を沈めた。
『これはみんな君のした事だ。』と画家は痛々しげに云った。
へンリイ卿は肩をゆすった。
『これが本当のドリアン・グレイなんだ。』
4
ドリアンは、今や
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