黄色い頭蓋骨のように見えた。時々大きな黒雲がむくむくと長い腕を伸してそれを包んだ。やがて街燈の数も乏しくなり街は次第に狭く荒廃し陰惨になって行った。『魂は感覚に依って慰められ、感覚は魂に依って慰められる――』波止場の辺でドリアンは馬車を乗り捨てた。そして廃れた工場の間に挾まれた小いさな汚れた家へ入った。そこは阿片窟である。阿片の強烈な匂によろめきながら暗い小部屋へ入ろうとしたドリアンは、ランプの上に屈んでパイプへ火をつけようとしている一人の友と会った。ドリアンは誰も自分を知った者のいないところでたった一人になりたかったので直ぐに其の場から逃げ出そうとした。すると酒場《バア》のところに居合せた窶れ果た女がドリアンに呼びかけた。『プリンス・チャーミング!』この声を聞いて今迄部屋の隅のテーブルに突伏していた一人の水夫が突然その顔を擡げた。そうして憤怒に燃えた眼射で四辺を眺め廻したが、扉が閉まる音を耳にすると、矢庭に跳び上がって恰も追跡するかのように戸外へ飛び出した。

 16[#「16」は縦中横]

 ドリアン・グレイは波止場に沿って、ビショビショと降り出した雨の中を急いだ。彼は阿片窟で会った若い友の悲惨極まる運命もまたベエシルの云った如く自分に関りがあるのだろうかと思い返した。彼は唇を鳴した。彼の眼はほんの少しの間悲し気に曇った。だが、結局それだからと云って如何なるものでもないではないが……彼は一層足を早めて、そして近道をするために薄暗い拱路《アーチウエイ》へ入った。するとこの時何者かが矢庭に背後から彼を引っつかむと、彼が抗う暇《いとま》もなく兇暴なる腕は、彼の首をしめつけたまま忽ち壁に向って押し戻した。彼は必死になって※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いて漸くその恐しい指を払い除けることが出来たが、今度はピストルの金具の鳴る音を聞き、そして彼の頭を真直ぐに狙っているギラギラ磨かれた銃口とずんぐりとした汚れた男の顔と向き合った。
『何をするんだ?』とドリアンは喘いだ。『静かにしろ!』と男は云った。『貴様はシヴィル・ヴェンを殺した。俺は彼女の弟だ。俺は復讐を誓って十八年もの間お前を探し求めていた。』『十八年?』ドリアンの蒼ざめた顔に勝利の色が浮んだ。『十八年! 僕を明るい灯の下でしらべて見給え。』そこで水夫はドリアンを拱道から出して、風に揺ぐ街燈の下でその顔を
前へ 次へ
全13ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング