、かけられた一枚の絵が彼の目を惹いた。『神様だけが見ることの出来る僕の魂とはそれだ。ベエシル、カーテンを除け給え!』ドリアンにそう命ぜらるるままその帷を開いた画家は思わず恐怖の叫びを上げた。それは正に彼が描いたドリアンの姿に相違なかった。ああ、併し、何と云う激しい変り方であろう! 画家は醜いドリアンの顔に戦慄すべき無残な悪魔の面影を見とめた。だが、ドリアンの魂の秘密を知った画家は、次の瞬間背後から窺い寄ったドリアンの鋭い刃を首筋に受けて其場に昏倒した。

 14[#「14」は縦中横]

 翌朝、陽はうらうらと晴れ、九月の青空は明るかった。ドリアンは朝の珈琲を飲んだ後に手紙を二通したためた。そして一通をポケットに収め一通は召使を呼んで渡した。『これをハートフォド街百五十二番地のキャンベル氏へ届けてくれ。』ドリアンはそれから時計を幾度となく眺めながら部屋中を歩き廻った。彼の胸は堪え難い不安と焦慮のためにかきむしられた。到頭青年科学者アラン・キャンベル氏がやって来た。『アラン! 親切なアラン! よく来てくれた。』と待ち兼ねたドリアンが云った。『僕は再び君の家の閾をまたぐまいと固く決心したのだったが……』とアランは答えた。
『僕の生死の問題だ。そんなことを云わずとこの願いを聞き届けてくれ……』そこでドリアンは、昨夜自分が殺人を行って、その死体は二階の秘密の部屋に隠してある旨を打ち明け、そしてそれをば化学の力で巧みに処理して欲しいと頼んだのである。『いやだ! 御免を蒙ろう。』アランは顔色を変えて叫んだ。『どうしても不承知と云うのか?』『絶対に!』『よし……』ドリアンは憫笑を浮かべながら黙って紙片に何事かを書いて、それをアランに渡した。アランは紙片を読んで狼狽した。『あく迄嫌と云うならばお気の毒だ、もう一通の手紙は此処に書いて持っている……承知してくれるね。二階には瓦斯の火もあれば石綿もある。また必要な薬品なぞは一切使いをやって買わせればいい。二人の間の永遠の秘密だ……』

 15[#「15」は縦中横]

 その夜ドリアンはナルポウロ家の夜会に出席したが遉に心は鉛の如く重たく沈んで少しも浮き立たなかった。遂に居堪まらなくなって、ヘンリイ卿やその他の人々の引き止めるのを振り払うようにして席を外した。そしてボンド街で二輪馬車を拾うと、夜更けの街を一散に疾駆させた。月は低く懸って恰も
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