くのを見守っている中に、井深君はどう云うものか、ふと後をつけてみたい誘惑に囚えられたのである。……こんな風に云うと或は井深君を誤解する人があるかも知れない。併し実際は稀にみる温厚の士で、その年になって未だ茶屋酒の味はおろか、飯を食べに這入るカフェだって白粉の臭のしそうな家はひたに[#「ひたに」に傍点]敬遠している程の井深君である。ただ、おそろしく気まぐれでその上並々ならぬ空想癖をもっていたために、それが偶々《たまたま》こうした思いがけない調子外れの行為となって現われる迄の事であった。
 井深君は外套の襟を深く立て、ついていた蛇紋樹《スネエキウッド》のステッキを小脇にかい込むやもう一町も先の方へ小さく薄れて行くオレンジ色のジャケツを追いかけ始めた。井深君は人並より背の高い方であったし、女の足の一町程ならば容易に取り返すことが出来た。が、そう早く追い付いてしまったところで、さてどうにもならない話なのである。井深君は少くとも五間の間隔を残して置かなければならなかった。娘はと云うのに、何も気が付かないらしい様で、無論そんな莫迦な事はあるべくもないのだが、とにかく決して背後に心を配るような素振な
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