如き純粋な散歩者は他には殆ど見当らなかったと云ってもいいに違いない。井深君はそれこそもう散歩の中毒みたいになっていて、毎日々々たといどんなに空あんばいがすぐれなくても、どんなにひどい木枯が吹きまくろうとも、この日課だけは決して忽せにしなかった。そしてその散歩に、人一倍おしゃれな井深君は何時もきまって中山帽をかぶり立派な黒服を着て出かけるのだった。――断っておくが、井深君の齢は、そんな身形《みなり》をしても、未だ三十二歳には少し間があって、しかもその実際よりも更に三つ四つ若く、つまり弱冠《はたち》そこそこにしか見えないような童顔をしていた。
で、とにかく何の用事もなく、何の的《あて》もなく、新橋の方から銀座通の左側の舗道をぶらぶら歩いて行った。そして尾張町の四辻より一つ手前の四辻に差しかかった時である。その角から不意に、まるでそこの横通りを吹き抜ける風にあおられた操人形《マリオネット》のような足取りで、若い女がオレンジ色のジャケツを着て飛び出して来たのであった。帽子をかぶらぬ|お河童《ボップドヘヤ》で赤ん坊みたいな顔をした娘であった。ところで、それがどういうつもりか井深君の前に危くヒョ
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