―」と聴き手の一人が苦情を申し立てた。
「それでお終いにしてもいい。――それだと、それっきりだと誠に可憐でいいではないか。……が、残念なことに未だ少しあとがある。……それは、なぜ僕がその場に雪だるまのようになり乍ら呆然と立ち尽してしまったかと云うことだ。君たちに解るかね?」
「なぜだ?」
「つまり、僕は自分の愚しい思い付きの嘘から、そのオレンジ色の娘に如何にして僕のふところの紙入を盗み取るかを教えてしまったからさ――」
「なる程!小娘のために見事にしてやられたのだね。……が、ところで、どっこい、その紙入の中はまた古新聞の束ばかりだったと云うのだろう! こいつあ傑作だね。は、は、は、は……」と始終探偵小説ばかりを愛読している友がしたり顔に云って笑った。
「いやいや、早合点をしてくれては困る。それ程あくどい洒落ではない。――それに、そんな酷い細工をするには、相手はあまりに可愛らしい好い子だった。ざっと二千円。紙入の紙幣は全部本物だったよ……」井深君はそう云って口を噤んだ。
「すっかり本物だって? 二千円!……」不思議な不安の影が居合せた人々の顔に行き渡った。
井深君は、そこでこうつけ加え
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