していて、その実ひどく卑怯な性質だ。気がいいと云えば云えないこともないが、それだからと云って、僕の生活までが、そんな被害を甘んじてうけ入れていられるものではない。」
「あなた、それを承知で、これから乗り込んで行って、どうなさるおつもりなの?」
「適当に自分の決心を実行するだけだ。僕は科学者だから、何時だって冷静に計画を立てることが出来る。」
「決心って、どんなことをなさるの?」
「歯には歯、眼には眼さ。――だがA夫婦と会って見た上でなければ判らない。」
「ねえ、お願いですから、あたし一人、さきにAさんと会わせて下さい。」とBの細君は歎願した。
「いいとも。そして、Aに決意をすすめるがいい。出来るだけ、自分の浅はかさを手厳しく感じさせてやりたまえ。尤も、僕はAのために、一時間だって待って遣るわけにはいかないがね。――だが、細君は、若しかすると未だ何も判っていないのかも知れないのだから、兎に角細君の前では出来るだけ何気なく振舞わなければいけない……」
 Bはそう答えると、外景の夕暮れた窓に向って、ガラスの中に映った自分の不機嫌な顔を瞶めるように、むっつりと口を鎖した。
 細君は大きな不安に
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