チデ、オトナシク、ルスバンヲシテイレバ、ソレデ、イイノダヨ。」
――僕は、いつかしら、屹度姉さんに知れないように、跡をつけて行ってしまいますよ。」と私は云った。
姉は顔色を変えて唸った。そして劇しく、上下に首をふって、泣きじゃくった。
7
哀れな姉は、それでもいつもの時間が来ると、唇と頬とに紅を塗って、草花の空籠を風呂敷に包んで、夕風の吹いている街路へ出て行った。
私はそれを窓から見送っていた。姉は私を疑って、幾度も幾度も振り返りながら、甃石道を遠ざかって行った。
姉の姿が程近い街角を曲り切ってしまうと、私はすぐさまマントを取り上げて、姉の跡を追った。並木の路を一散に走って行ったので、そこの街角を注意深く曲って眺めた時、私はそんなに骨を折る程でもなく、姉の一きわ目立ってみじめな痩せた肩をば、見出すことが出来た。私はマントをすっぽり頭からかぶって、見えつ隠れつ、姉を尾行した。電車道に沿ったり、坂を上ってまた下りたり、裏町のうす暗がりを抜けたりして、長い長い道のりを姉は小刻みな足どりで歩いて行った。そして遂に、私達の家の窓から雲にそびえて見える、あの宏大な建物ばかりが、押し
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