ず聞いて廻った。けれども彼等の中に当夜、葛飾らしい客を乗せたと明確に答えうる者も一人もなかった。
 刑事はそこで念のためにもう一度ヨロピン酒場を調べた。すると前に来た時には休んで居合せなかったと云う女給の一人が、思いがけなくも次のような事実を教えてくれたのである。『――あの晩、わたくしはお夜食のお蕎麦《そば》を注文するので公衆電話をかけに裏口から戸外へ出ましたところが、恰度その時お店の前に自動車が止まって葛飾さんがお降りになるのをお見かけ致しました。』
 ××座とヨロピン酒場とは目と鼻の間にある。自動車に乗って街を廻ったとは云わなかった。葛飾が嘘を吐いていることは最早や明らかである――刑事は飛んで帰った。
 そして葛飾はあらためて訊問された。
『あなたは、自動車でヨロピン酒場へ行ったのだそうですね。――何故あなたは偽を述べなければならなかったのです?』
『……』葛飾は狼狽した。
『××座で活動写真を見物したことも、街を散歩したことも悉く嘘だらけなのですね。』
『そうです、併し……』
 その時、刑事はふと葛飾が膝の上で両手を揉み合しているのを眺めた。
『おや、あなたは右手に指輪を嵌めてい
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