しない性質の人が多いようですが。』
『ええ――』と葛飾は当惑したらしく言葉を濁すのである。
『恥を申し上げるのですが、実は昨夜妻と掴み合いの喧嘩を致しました。』
『ほほう。』と役人は葛飾と美代子との顔を見比べて不遠慮な薄笑いを浮かべた。『失礼ですが、どう云うことが原因で?』
『お話し致し兼ねます。』
『併し、未だ自殺と決定したわけでもないのですし、よしまた自殺にしても、我々は出来るだけ事件の前後の模様を明かにして置く必要があるのですが。』
『何かの嫌疑をかけられても、どうも已を得ません。』
『ともかく、こうした際にあっては、極く些細な秘密も大きな疑いを招くことがあります。お互いに面倒なわけです。』
『けれども、その反対の場合もあると思います。』葛飾は唇を噛んだ。
 ところが、この時突然美代子が泣き出したのである。
『わたくしが、小野さんを殺したのも同じでございます。ただただわたくしの浅果《あさはか》なたくらみからでございます――』彼女は泣きじゃくりながら、そう云うのだ。
 役人たちはそれぞれに頷き合った。

 2

 さて美代子の陳述は大体次のようである。――
 美代子は葛飾の妻だが、葛飾よりも小野の方を先に知った。当時、美代子は悪く凝り過ぎたため却って盛らない場末の酒場の女給で、小野はそこの酔っぱらいの常客《おとくい》だったのである。美代子と小野とが可なり懇意な口を叩ける程になった頃、或る晩葛飾は初めて小野に連れられて来た。葛飾は却々男前もよかったし、それに勇気がある。葛飾は一目で美代子を見初めてしまった。『葛飾の女房になって、三人で一緒に暮そうじゃないか――』と、橋渡しは小野の役だった。
 これは後になって解ったことだが、葛飾は親譲りの銀行預金だけで不自由なく暮して行ける身分である。しかも時勢に乗った新興美術家同盟の指導者として世間の評判も相当よろしい。それにひき更えて小野の方は、画学校時代にこそ秀才で通ったこともあるが、彼の奉じている浪漫主義の影が薄れ無論天性の不勉強も祟って、今では全く尾羽打ち枯らしてしまって、ただ学生当時からの情誼《よしみ》で葛飾の画室を半分貸して貰いながら居候同様に同居しているわけであった。
 殆ど冗談のように、美代子は小さな行李一つを持って葛飾のもとへやって来た。ところが恰度その頃から、葛飾は同盟の展覧会やらパンフレットの発刊などに忙殺
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