っかり喋ってしまいました。……わたくしは、葛飾を身に覚えもない罪に陥してしまったのではございませんでしょうか。ああ! 御慈悲でございます。……』
美代子は、刑事の厳重な吟味に対して、到頭そう云う自白をした。
5
これは刑事にとっても意外である。
刑事は直に葛飾を訊問した。
『あなたが、家を出たのは何時頃ですか?』
『八時頃でしょう?』
『それから真直ぐ八木恭助氏の宅へ行かれたのですな?』
『いいえ、××座へ活動写真を観に行きました。』
『ほう――自動車でですか?』
『電車。』
『そんなに遅くから活動写真を観たのですか?』
『そうです。何でも気のまぎれるものならばよかったのです。併し、入ると直ぐに、二三日前に小野と妻とが二人連れで矢張りそこの小屋へ同じ映画を観に来たことを思い出したので、三十分と経たない中に出てしまいました。』
『その晩の切符の切れ端しでも残ってはいないでしょうか。』
『ありません、そんなもの。』
『二三日前に二人が行ったか否かは調べれば直ぐ判ることです。――それから?』
『街を一時間近く散歩して、裏通りのヨロピン酒場《バア》へ寄りました。そこで夜中の一時近くまで酒を飲んで、それからタクシイを呼んで貰って八木の家へ泊りに行ったのです。』
小野が殺されたのは十一時頃だから、葛飾の答弁は現場不在証明《アリバイ》を申し立てているのである。刑事は反証を上げなければならない。
活動写真を観て散歩したと云うのは全く出鱈目であろう。――尤も美代子は実際その二三日前に小野と一緒に××座へ見物に行って当日の番組も持っていた。だが、そんなことは甚だ薄弱な口実として利用されたのに過ぎないのだ。
ヨロピン酒場に照会してみると葛飾が来たのは、それから三十分位経って軒灯を消したのだから多分十一時半頃だろうと云う答えであった。ところで、葛飾の住居からヨロピン酒場迄の道程は電車に乗って約一時間半、だから自動車ならば三十分で充分来られるわけである。刑事は、併し、彼の自動車に乗っているところを見かけた者があると云う報告を得ることが出来なかったのだ。
刑事は已を得ず、別の方法に依った。即ち葛飾に美代子が自白した旨を告げて、彼もまた潔く自白することをすすめたのである。
『あなたがネクタイ代りに結んでいる黒いリボンが死体から発見されたのはどう云うわけでしょうか?』と真向から
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