り娘の食物の皿を眺めおろしていた。その恍《とぼ》けた大きな眸とぶつかった時、智子は少なからず狼狽した。
青年の方でも、俄かに鼻さきへ突きつけられた美しい娘の顔に気がついて、どぎまぎしながら羞明《まぶし》そうに横を向いた。
(はて?――)と智子は考えたのである。確かに何処かで見たことのある親しい眼だった。……直ぐに、それが死んだ父親の写真にうつっている眼ざしだったことを思い出した。
(まあ、それに額の立派なところ迄よく似ているわ――肩幅は少し広すぎるけれど……でも、お父さんは夭折《わかじに》なすったのだから、こんなに元気そうではなかったのに違いない……)
併し、彼女はあんまり長いこと、知らない若い男を瞶めているのは非常に不躾だと気がついたので、いそいで食事を済ませて卓子から離れた。晩に家へ帰ってから母親にその話をした。
『綺麗な男の人はみんなお父さんに似ているかも知れないね。』と、母親は娘の大袈裟な話ぶりを聞いて、笑い笑い云った。『さもなければ、お前が心の中でその人を好きになったんだよ。好きな人なら、どんな風にだって良く見えるから。……けれどもお父さんは若い娘を狙うような真似なんかし
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