って、強い潮風に戦《おのの》いた。私の胸は取り返しのつかない間違いをしてしまった後悔の心で重たく沈んで、そして俄に泪がこみ上げて来た。泪はシルクハットの上にも落ちた。
「けれども、それは男と女との関係だから仕方がないさ。」と中村は云った。
「そのかさ[#「かさ」に傍点]はもう何百年もの間に、世界中の何千万と云う男と女とを一人ずつつないで縛って来たんだね。」と私は云った。
「男と女との愛と同じ性質のものさ。それに、君はシルクハットをかぶっているのだし、誰だって君をかさかきだなぞと云って蔑みはしないよ。――さあ、元気になり給え。」
 私は、ようやく気を取り直して、あらためてシルクハットをかぶると、朝の空気を大きく吸った。
 山高帽子の中村は、そこで薄笑いを浮べながら口笛を吹き鳴らした。



底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
   1970(昭和45)年9月1日初版発行
初出:「探偵趣味」1928年4月
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ
2000年7月25日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング