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 その晩、イワンと娘との盛んな結婚式が挙げられました。――どうしたものか、一家の主であるにも拘らず、イワンの兄は弟の晴れの祝宴に姿を見せようともしませんでした。
 娘は何時の間にか、花婿が変ってしまっているのに、おどろきました。
『あなた、あたしを本当に愛して下すって?』と娘はイワンに訊きました。
『神さまに誓ってもいいよ――』
 イワンは、生れてない感動に我を忘れて、そう叫びました。
『そう。でも、あなたのお兄さんは、何故あたしに嘘をついたのかしら?――』
『嘘をついたのじゃないよ。誰よりも優しい親切な兄さんだもの!』
 イワンは周章《あわて》て、自分の鍵の話を花嫁に仔細に物語って聞かせました。
 すると娘は怒ってみるみる顔色を変えました。
『あなたに引きかえて、あなたの兄さんは、山羊の裘《けごろも》を被った狼です。そして、可哀相にあなたは、あたしのために、折角お父さんが遺して行って下された大切な「行末」を失くしておしまいになったのね。……でも、安心していらっしゃい。あたしが、必ずその銀の小箱の代りに、あなたに楽しい「行末」をこしらえて差し上げますから……』
 そう云って、娘はイワンに温い接吻をしました。
 イワンの兄は、不思議なことにも、それから幾日経っても、幾月経っても幾十年経っても再び姿を現わしませんでした。そこで、イワンは改めてそこの邸の主となって、愛しい妻と共に何不自由なく仕合せな日を送ることが出来ました。
 …………
 ところでさて、イワンの兄は一体どうなってしまったのでしょうか。
 自分の花嫁と鍵とを取り換えることの出来たイワンの兄は、その鍵で早速箪笥の中に蔵ってあった銀の小箱を開けて見ました。だが中には、ただ一本細い綱を束ねたものが入っているきりでした。その結びめのところに小さな紙片が挾んであって、それに次のような言葉が書きつけてありました。
(窖の北の隅の床石を持ち上げて、その裏についている鉤にこの綱を通して地の底へ降りて行きなさい。そこにお前の安楽な半生が準備してあります。)
 イワンの兄は、いよいよ宝の穴を掘り当てたような気持で、その紙片の教える通りを実行しました。もう何十年もの昔から使ったことのない古い窖へ忍び込んで、そこの北の隅の埃だらけの重たい床石をやっと持ち上げてみました。すると果して、その裏側に手頃の鉤がついていたので
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