情にほだされない様な女は永遠に真実の愛に祝福される機会を取り逃がす不幸せな女だ、と仰有って、しまいには泪さえ流して、あなたのために弁護なさいました。そして、挙句の果に大そう御機嫌を害ねて、到頭今日限り妾はお払い箱になってしまったのです。人の情を知らない冷酷な女だって……妾、一体、どうすればよろしいのでしょう。……』
『どうするって……』
 Y君は、恥かしさのあまり、本当にこの女中の見ている前で、池の中へ飛び込んでしまいたい程だった。
『ですから、あなたが、やっぱり恋をなすっていらっしゃるのが事実なら、その相手をはっきり仰有って頂き度いのですわ。殿方からそんなに強く愛されることが、どんなに幸せか、そりゃあ、妾にしたって解り過ぎる程解って居ますわ。でも、何しろ、肝心な妾の方にはそんな心当りはちっともないのですし、ひょっとそんな闇雲な己惚れを出して、それこそ如何な辛い恥をかかなければならないかも知れないし。……それに、お嬢さまは、ああ仰有るものの、下士官が天下の名女優に恋をしていけない道理もありませんわ。』
『いやいや、飛んでもない。そんな大それた願いを、どうして僕が抱くものでしょうか。は、
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