た。
『あなた、あなた、あなたは、まさか、この池に身を投げて、お果なさるおつもりではないでしょうね?――』と娘は、吃りながら云うのであった。
『さあ?――』とY君は訊き返した。
『あなたは、きっと、此処の――』と娘は悲劇女優の家の方を指さしながら、『此処の邸の者に恋をしていらっしゃるのですわね。いいえ、もう、すっかり存じて居りますわ。それに、その事がいけなかったなんぞとは、ちっとも未だ申し上げませんもの。決して、御心配なさるには及びません。』
『いや、僕は、そ、それでも――』
 Y君は我にもなく面喰ってしまったのである。
『さ、どうぞ、はっきり仰有って下さいまし。こんなに長い月日の間、あなたが恋こがれていらした女は、此処の家の誰なのですか?』
『あなたは、何だって、そんな莫迦な物の訊き方をなさるのです?』
『莫迦なですって? まあ、飛んでもない。妾は、あなたのその飛びはなれた執心のお蔭で、この邸をたった今追い出されたばかりなのですからね。』
『いやはや、どうも、僕には信じ兼ねます。』
『お解りにならないのですか? つまり、こうなのです。――あなたを一番初めに見付けたのは、お嬢さまなので
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