そう――』
Y君はいきなり娘の手をふりもぎって、戸外へ走り出し度くなったのを漸く我慢した。方々の扉の隙間から、風体の悪い下宿人共が羨ましそうにY君を眺めていた。
『ベアトリイチェや、帳場へ行って電話をかけて来ておくれ。』とY君は突然思い付いたように云った。
『中央区、二千七百九○番――お嬢さんにお休みなさいまし、とね。それだけで、いいんだよ。』
『あら、お安くないわね。何処のお嬢さん?』
『君なんか知る必要のない人さ。とにかく、それだけ取次いでくれたまえ。こちらの名は、ピアノの先生でもお医者でも撮影所の小使でも何でもいい。……』
Y君は、娘が出て行ってしまうと、さて寝台の上に引っくり返って、ありったけ大声で笑ってみた。
それから、鏡台の上の酒を択んで、幾杯も幾杯も立てつづけに祝盃を上げた。青春との別れのために……
翌朝。
軍服にブラシをかけてくれる女にY君はきいた。
『一体、いくら上げればいいのだろうね?』
すると、女は嬉しそうに微笑してみせた。
『いいえ、いくらでもないの。――あなたを口説き落すことは、もう永いこと、あたしたちの賭けだったんですもの。……』
Y君は、併
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