日毎に、たとい二度三度見直す同じ狂言であろうとも、きまって彼女の出る映画ばかりを漁っている中に、だんだん彼女の何時も深い愁《かな》しみに隈どられた面輪が、頭の中のスクリインに大写しのようにいっぱいに映ったまま消えなくなったのである。
 こんな身の程を弁えぬ恋をしてしまったことは、容易ならぬ不幸せだ――とY君は考えた。一生、ひそかに恋わたっているだけのことで、それでもいいのだろうか?
 だが、それ以上、Y君にはどう思案するすべもなかった。
 さて、偶《たまたま》、或る休み日に、彼女の映画が市内の何処の活動小屋にも掛っていなかったのである。そこで、Y君は諦めがたく、夕景頃から、彼女の住居のあたりを散歩してみたい気持に誘われた。Y君は、俳優名鑑に依って、夙に彼女の身元位は諳んじていたのだから。
 悲劇女優の住居は、公園の松林の中の大きな池の辺にあった。窓に菫色の日覆を取り付けた簡素な木造の二階家が、丈の高い松の木立ちと一緒に、池の面に姿を映していた。Y君は水際のベンチに腰を下すと、長いサーベルの柄頭に両手を重ね、その上に頤を載せて深い溜息を吐いた。
 Y君は一時間もそんな風にじっとしていた。スクリインやエハガキの上に空しい想いをつのらせているのに比べれば、遣る瀬なさなり不安なり、はるかに本物らしい恋慕の情がはげしく胸をふくらませるのであった。直に水の上の日ざしが薄れて、松の梢に夕風が鳴った。やがて、カタンと窓の開く音がした。Y君はとても真面《まとも》に家を見上げる勇気がなかったので、池の中を覗き込んだ。日覆を取り外しているらしい白い顔が小さく揺いでいた。Y君は軍服の背中じゅうを硬わばらせた。窓のその白い顔は、ちょっとY君の方を見ただけで、すぐまた奥へ隠れてしまった。犬を呼んでいる男の子の声がした。しばらくすると、二階でピアノが鳴り初めた。チャイコフスキイのバルカロレである……
 Y君は、それからまた一時間も、じっとそのまま動かずにいた。
 もうすっかり夜になった。
 やさしい窓に薔薇色の灯がついた。
 そして薄いレースの窓帷《カーテン》を時々優雅な人影が横切った。
 公園にはアーク・ライトがともった。夜の女の群れが、その中を近づいて来た。
『ちょいと、意気な龍騎兵の士官さん。あたし未だやっと十三になったばかりなのよ――』と、抜け落ちてしまって一つかみにも足りない髪を、大き
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