それでお終ひとはなんと云ふダラシ[#「ダラシ」に傍点]の無い事だらう。扨それからの一幕(之は井師には秘密)「オイ[#「オイ」に傍点]、これを持つて来たぜ」……北朗のふところ[#「ふところ」に傍点]からコロ/\と上等な正宗の二合瓶が出て来る、「イヤ[#「イヤ」に傍点]さうだらうと思つて居た処サ、実はあんまり待ちくたびれて、サツキ[#「サツキ」に傍点]、ちよい[#「ちよい」に傍点]と買つて来てちよい[#「ちよい」に傍点]とやつた処だよ」両人顔を見合せてアハヽヽヽそして大に声をひそめて放哉曰く「コレ[#「コレ」に傍点]は井師には内密だよ、井師を心配させるとこの身を切られるやうだよ」、北朗同じく声を低くして「ソヲトモナ、/\」……之で第一幕終り。
 扨北朗昼間来てくれると大に都合がよかつたのだが、今は夜、と云ふのは庵には布団無し喰べものは焼キ米とお粥ばかりだから、於茲放哉嬉しまぎれに病躯を引つさげて、前の石屋さんの亭主にたのみ込み布団を借りて来てもらふ様に交渉してまづ之で一方は一安心、扨扨喰べ物……此の時北朗「ワシ[#「ワシ」に傍点]はパン[#「パン」に傍点]を持つて来たよ」、よし/\之でまづ片つ方も安心、北朗又曰く「処でね放哉、わしは五日間庵にとまるよ」愈出でゝ愈彼は芸術家なるかな、「とまるのは何日でもかまはぬが、イヤ[#「イヤ」に傍点]に落付いたネ、第一妻君が待つとるぢやないか」、実は放哉、北朗のこと故、多分一晩位庵にとまつて、大急ぎであの可愛いゝ[#「可愛いゝ」に傍点]妻君の顔を見にかへる位なとこだらうと思つて居たのだ、「イヤ[#「イヤ」に傍点]それがね、実は姫路の展覧会の収入を全部妻君に持たせて返してしまつたので、北朗カラツけつ也[#「カラツけつ也」に傍点]、故に妻君は大に安心してると云ふわけだ」、「ウフ……さうか、さうか、わかつた、わかつた」、「ソレニネ[#「ソレニネ」に傍点]今一度丸亀市で展覧会を開いて大に四国人の壺に対する識見の蒙を啓かうといふ考なのだ」、「さう云ふ事なら何日でも居てくれ、そして二人で大に句作しようぢやないか」、「その事その事、わしも大に君と句作しようと思つてやつて来たのだ」、「さうか/\」、之より両人あれこれと積る話を交した後、まだ夜中と云ふわけでも無いのだから、これから西光寺さんと井上家とを訪問して、放哉がお世話になつて居る御礼を北朗に申してもらふ事と話しがきまつて二人で夜中に出かける。「西光寺サンてどんな人だい」、「それは、とても、エライ[#「エライ」に傍点]坊さんだよ、マアあつて見給へ」……之は後日話しなれ共北朗出発する時曰く、西光寺の和尚さんはエライ人だなあメツタ[#「メツタ」に傍点]に見た事が無い云々……これから西光寺さんと、井上家とを訪問して(一二君上阪中にて留守)帰つて庵で寝る、此の間に西光寺さんから北朗のために上等の布団が持つて来てあつたので、北朗全くホクホク物でその布団のなかにはいつて寝た。……今夜の庵の賑かなことかな、但之も亦五日後[#「亦五日後」に白丸傍点]にはモト[#「モト」に傍点]の静寂の庵に帰らなければならない、イヤ[#「イヤ」に傍点]そんな事思ふまい思ふまい。
 日日是好日[#「日日是好日」に傍点]の筈では無いか、……放哉もいつしか寝込んでしまふ。扨これから北朗五日[#「五日」に傍点]庵に居たのだけれ共、今書かうと思つても書くことが無い、不思議なことだが、なんにも無いやうな気がする、マトマツタ[#「マトマツタ」に傍点]事がなんにも無い、只馬鹿な顔をして、二人でゴタ/\[#「ゴタ/\」に傍点]してニコ/\[#「ニコ/\」に傍点]して居たものと見える、第一、放哉も北朗も、ソレ程意気込んで居た句が一句[#「一句」に白丸傍点]も出来なんだことを以つて見ても、たゞ、ボンヤリ[#「ボンヤリ」に傍点]して喜んで居たことが解ると思ふ。中津の同人、丁哉氏が送つて来てくれた、小供が三人で蟹に小便かけて居る絵を壁にはり付けて放哉が毎日見て喜んで居るのだが、之を二人で眺めては、只五日間と云ふものニコ/\[#「ニコ/\」に傍点]、ゴタ/\[#「ゴタ/\」に傍点]、して居たものと見える、強ひて個条書きにでもして見れば、次のやうな事があつたやうに思ふ。――
 △北朗、毎朝お経をあげてくれて、放哉大に感銘せしこと、そして北朗の読経中々うまくなつたこと。
 △北朗の朝寝坊と寒がりとには、放哉あきれながら成る程/\と思へり、それは、女房を持つてる奴は贅沢だなあ……と云ふこと。
 △北朗一日寒霞渓に至りおみやげに紅葉の枝をもつて帰る、それが甚だ汚ない紅葉、放哉未だ寒霞渓を知らず、其の紅葉を活けてながめて居ること。
 △北朗、放哉の手の黒いのを見て(垢で)如何に女に近づかぬからとてアンマリ[#「アンマリ」に傍点]
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