たべて猶陽をめぐまれてゐる)
[小浜時代]
過酷な労働とは縁のない須磨寺での生活は放哉の気質によく合ったが、寺院内の紛争のためにおよそ一〇か月しか続かなかった。須磨寺を出た放哉は、大正一四(一九二五)年、福井県小浜町の常高寺に落ち着く。
あたまをそつて帰る青梅たくさん落ちてる
剃つたあたまが夜更けた枕で覚めて居る
(そつたあたまが夜更けた枕で覚めて居る)
一人分の米白々と洗ひあげたる
時計が動いて居る寺の荒れてゐる
乞食に話しかける我となつて草もゆ
考へ事をしてゐるたにしが歩いて居る
(考へ事をしてゐる田にしが歩いて居る)
雪の戸をあけてしめた女の顔
留守番をして地震にゆられて居る
(留守番をして地震にふられて居る)
臍に湯をかけて一人夜中の温泉である
かぎりなく蟻が出てくる穴の音なく
(かぎりなく蟻が出て来る穴の音なく)
かたい机でうたた寝して居つた
蜘蛛がすうと下りて来た朝を眼の前にす
雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る
とかげの美しい色がある廃庭
(とかげの美くしい色がある廃庭)
土塀に突かひ棒をしてオルガンひいてゐる学校
(土塀に突つかひ棒を
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