わがからだ焚火にうらおもてあぶる

傘干して傘のかげある一日

こんなよい月を一人で見て寝る

便所の落書が秋となり居る

竹の葉さやさや人恋しくて居る

めしたべにおりるわが足音

淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る

火ばしがそろはぬ儘の一冬なりけり

朝の白波高し漁師家に居る

草履が片つ方つくられたばこにする

島の女のはだしにはだしでよりそふ

今日も生きて虫なきしみる倉の白壁

黒眼鏡かけた女が石に休んで居るばかり

釘に濡手拭かけて凍てる日である

つめたい風の耳二つかたくついてる

お堂しめて居る雀がたんともどつてくる
(お堂しめて居る雀がたんともどつて来る)

降る雨庭に流をつくり侘び居る

のら犬の脊の毛の秋風に立つさへ
(のら犬の背の毛の秋風に立つさへ)

人殺しありし夜の水の流るるさま

水たまりが光るひよろりと夕風

片目の人に見つめられて居た

紅葉あかるく手紙よむによし

公園冬の小径いづこへともなくある

大地の苔の人間が帽子をかぶる

お盆にのせて椎の実出されふるさと

姉妹椎の実たべて東京の雑誌よんでる

かへす傘又かりてかへる夕べの同じ道である

赤ン坊のなきごゑがする小さい庭を掃いてる

雀のあたたかさを握るはなしてやる

酒もうる煙草もうる店となじみになつた

灰の中から針一つ拾ひ出し話す人もなく

曇り日の落葉掃ききれぬ一人である

門をしめる大きな音さしてお寺が寝る

うで玉子くるりとむいて児に持たせる
(うで卵子くるりとむいて児に持たせる)

かまきりばたりと落ちて斧を忘れず

黒い帯しつかりしめて寒い夜居る

師走の夜の釣鐘ならす身となりて

師走の夜のつめたい寝床が一つあるきり

雪を漕いで来た姿で朝の町に入る

女と淋しい顔して温泉の村のお正月

破れた靴がばくばく口あけて今日も晴れる
(破れた靴がぱくぱく口あけて今日も晴れる)

寒鮒をこごえた手で数へてくれた

落葉掃けばころころ木の実

犬をかかへたわが肌には毛が無い

かたい梨子をかじつて議論してゐる
(かたい梨子をかぢつて議論してゐる)

漬物桶に塩ふれと母は産んだか

渓深く入り来てあかるし

池を干す水たまりとなれる寒月

蜜柑を焼いて喰ふ小供と二人で居る

片つ方の耳にないしよ話しに来る

両手をいれものにして木の実をもらふ

女に捨てられたうす雪の夜の街燈

濠端犬つれて行く雪空となる

落葉拾うて棄てて別れたきり

こんな大きな石塔の下で死んでゐる

紺の香きつく着て冬空の下働く

あけた事がない扉の前で冬陽にあたつてゐる

きたない下駄ぬいで法話の灯に遠く坐る

冬川にごみを流してもどる

臼ひく女が自分にうたをきかせて居る

堅い大地となり這ふ虫もなし

ゆるい鼻緒の下駄で雪道あるきつづける

ふところの焼芋のあたたかさである

ひげがのびた顔を火鉢の上にのつける

にくい顔思ひ出し石ころをける

底がぬけた柄杓で水を呑まうとした
(底がぬけた杓で水を呑もうとした)

雪空にじむ火事の火の遠く恋しく

雀がさわぐお堂で朝の粥腹をへらして居る

犬よちぎれるほど尾をふつてくれる
(犬よちぎれる程尾をふつてくれる)

節分の豆をだまつてたべて居る

刈田のなかで仲がよい二人の顔

花が咲いた顔のお湯からあがつてくる

歯をむきだした鯛を威張つて売る
(歯をむき出した鯛を威張つて売る)

人を待つ小さな座敷で海が見える

夕の鐘つき切つたぞみのむし
(夕の鐘つき切つたぞみの虫)

夕飯たべてなほ陽をめぐまれてゐる
(夕飯たべて猶陽をめぐまれてゐる)

[小浜時代]
 過酷な労働とは縁のない須磨寺での生活は放哉の気質によく合ったが、寺院内の紛争のためにおよそ一〇か月しか続かなかった。須磨寺を出た放哉は、大正一四(一九二五)年、福井県小浜町の常高寺に落ち着く。

あたまをそつて帰る青梅たくさん落ちてる

剃つたあたまが夜更けた枕で覚めて居る
(そつたあたまが夜更けた枕で覚めて居る)

一人分の米白々と洗ひあげたる

時計が動いて居る寺の荒れてゐる

乞食に話しかける我となつて草もゆ

考へ事をしてゐるたにしが歩いて居る
(考へ事をしてゐる田にしが歩いて居る)

雪の戸をあけてしめた女の顔

留守番をして地震にゆられて居る
(留守番をして地震にふられて居る)

臍に湯をかけて一人夜中の温泉である

かぎりなく蟻が出てくる穴の音なく
(かぎりなく蟻が出て来る穴の音なく)

かたい机でうたた寝して居つた

蜘蛛がすうと下りて来た朝を眼の前にす

雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る

とかげの美しい色がある廃庭
(とかげの美くしい色がある廃庭)

土塀に突かひ棒をしてオルガンひいてゐる学校
(土塀に突つかひ棒を
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