ーン、チーン、如何にも鉦を叩いて静かに読経でもしてゐるやうに思はれるのであります。これは決して虫では無い、虫の声ではない、……坊主、しかし、ごく小さい豆人形のやうな小坊主が、まつ黒い衣をきて、たつた一人、静かに、……地の底で鉦を叩いて居る、其の声なのだ。何の呪詛《じゆそ》か、何の因果《いんが》か、どうしても一生地の底から上には出る事が出来ないやうに運命づけられた小坊主が、たつた一人、静かに、……鉦を叩いて居る、一年のうちで只此の秋の季節だけを、仏から許された法悦として、誰に聞かせるのでもなく、自分が聞いて居るわけでもなく、只、チーン、チーン、チーン、……死んで居るのか、生きて居るのか、それすらもよく解らない……只而し、秋の空のやうに青く澄み切つた小さな眼を持つて居る小坊主……私には、どう考へなほして見ても、かうとしか思はれないのであります。
 其の私の好きな、虫のなかで一番好きな鉦叩きが、この庵の、この雑草のなかに居たのであります。私は最初その声を聞きつけたときに、ハツ[#「ハツ」に傍点]と思ひました、あゝ、居てくれたか[#「くれたか」に傍点]、居てくれたのか[#「くれたのか」に傍点]
前へ 次へ
全47ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
尾崎 放哉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング