からも、近くからも、上からも、下からも、或は風の音の如く、又波の叫びの如く――。その中に一人で横になつて居るのでありますから、まるで、野原の草のなかにでも寝てゐるやうな気持がするのであります。斯様にして、一人安らかな眠のなかに、いつとは無しに落ち込んで行くのであります。其時なのです、フト鉦叩き[#「鉦叩き」に傍点]がないてるのを聞き出したのは――。
鉦叩き[#「鉦叩き」に傍点]と云ふ虫の名は古くから知つて居ますが、其姿は実の処私は未だ見た事がないのです。どの位の大きさで、どんな色合をして、どんな恰好をして居るのか、チツトも知りもしない癖で居て、其のなく声を知つてるだけで、心を惹かれるのであります。此の鉦叩き[#「鉦叩き」に傍点]といふ虫のことについては、かつて、小泉八雲氏が、なんかに書いて居られたやうに思ふのですが、只今チツトも記憶して居りません。只、同氏が、大変この虫の啼く声を賞揚して居られたと云ふ事は決して間違ひありません。東京の郊外にも――渋谷辺にも――ちよい/\[#「ちよい/\」に傍点]居るのですから、御承知の方も多いであらうと思はれますが、あの、チーン、チーン、チーンと云ふ
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