たよりに坐つて居るより外致し方がありません。こんな日にはお遍路さんも中々参りません。墓へ行く道を通る人も勿論ありません。風はえらいもので、どこからどう探して吹き込んで来るものか、天井から、壁のすき間から、ヒユーヒユーと吹き込んで参ります。庵は余り新しくない建て物でありますから、ギシギシ、ミシミシ、どこかしこが鳴り出します。大松独り威勢よく風と戦つて居ります。夜分なんか寝て居りますと、すき間から吹き込んだ風が天井にぶつかつて[#「ぶつかつて」に傍点]其の儘押し上げるものと見えまして、寝て居る身体が寝床ごと[#「ごと」に傍点]いつしよにスー[#「スー」に傍点]と上に浮きあがつて行くやうな気持がする事は度々のことであります。風の威力は実にえらいものであります。私の学生時代の友人にK……今は東京で弁護士をやつて居ります……と云ふ男がありましたが、此の男、生れつき風を怖がること夥しい。本郷のある下宿屋に二人で居ましたときなんかでも、夜中に少々風が吹き出して来て、ミシ/\そこらで音がし始めると、とても[#「とても」に傍点]一人でぢつと[#「ぢつと」に傍点]して自分の部屋に居る事が出来ないのです。それで必ず煙草をもつて私の部屋にやつて来るのです。そして、くだらぬ話をしたり、お茶を呑んだり煙草を吸つたりしてゴマ[#「ゴマ」に傍点]化して置くのですね。私も最初のうちは気が付きませんでしたが、たうとう終ひに露見したと云ふわけです。あんなに風の音[#「風の音」に傍点]を怖がる男は、メツタ[#「メツタ」に傍点]に私は知りません。それは見て居ると滑稽な程なのです。処が、此の男に兜を脱がなければならないことが、こんどは私に始つたのです。それは……誠に之も馬鹿げたお話なのですけれ共……私は由来、高い処にあがるのが怖いのです。それも、山とか岳とかに登るのではないので、例へば、断崖絶壁の上に立つとか、素敵に高いビルデイング[#「ビルデイング」に傍点]の頂上の欄干もなにもない其一角に立つて垂直に下を見おろすとか、さう云ふ場合には私はとても堪へられぬのです。そんな処に長く立つて居ようものなら、身体全体が真ツ逆様に下に吸ひ込まれさうな気持になるのです。イヤ[#「イヤ」に傍点]、事実私は吸ひ込まれて落ちるに違ひありません。と申すのは、さう云ふ高い処から吸ひ込まれて落込む夢を度々見るのですから。処が此Kです、
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