々と、正に秋の南郷庵らしくなつて参りましたのです。
一体、庵のぐるり[#「ぐるり」に傍点]の庭で、草花とでも云へるものは、それは無暗と生えて居る実生の鶏頭、美しい葉鶏頭が二本、未だ咲きませぬが、之も十数株の菊、それと、白の一重の木槿が二本……裏と表とに一本宛あります。二本共高さ三四尺位で、各々十数個の花をつけて居ります。そして、朝風に開き、夕靄に蕾んで、長い間私をなぐさめてくれて居ります。まあこれ位なものでありませう。あとは全部雑草、殊に西側山より[#「より」に傍点]の方は、名も知れぬ色々の草が一面に山へかけて生ひ繁つて居ります。然し、よく注意して見ると、これ等雑草の中にもホチホチ[#「ホチホチ」に傍点]小さな空色の花が無数に咲いて居ります。島の人は之を、かまぐさ[#「かまぐさ」に傍点]、とか、とりぐさ[#「とりぐさ」に傍点]、とか呼んで居ります。丁度小鳥の頭のやうな恰好をして居るからださうです。紺碧の空色の小さい花びらをたつた二まい宛開いたまんま、数知れず、黙りこくつて咲いて居ます。私たちも草花であります、よく見て下さい――と云つた風に。
かう云ふ有様ですから、追々と涼しくなつて来るといつしよに、所謂虫声|喞々《しよくしよく》。あたりがごく静かですから昼間でも啼いて居ます。雨のしとしと降る日でも啼いて居ります。ですから夜分になつて一層あたりがしんかん[#「しんかん」に傍点]として来ると、それは賑かなことであります。私は朝早く起きることが好きでありました。五時には毎朝起きて居りますし、どうかすると、四時頃、まだ暗いうちから起き出して来て、例の一本の柱によりかゝつて、朝がだんだんと明けて来るのを喜んで見て居るのであります。さう云つた風ですから、夜寝るのは自然早いのです。暮れて来ると直ぐに蚊帳を吊つて床の中には入つてしまひます。殆ど今迄ランプ[#「ランプ」に傍点]をつけた事が無い、これは一つは、私の大敵である蚊群を恐れる事にもよるのですけれども、まづ、暗くなれば、蚊帳のなかにはいつて居るのが原則であります。そして布団の上で、ボンヤリ[#「ボンヤリ」に傍点]して居たり、腹をへらしたりして居ります。ですから自然、夜は虫の鳴く声のなかに浸り込んで聞くともなしに聞いて居るときが多いのであります。ヂツ[#「ヂツ」に傍点]として聞いて居ますと、それは色々様々な虫が鳴きます。遠く
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