、それで万物の霊長とはどーした者だ。動物には理性が無いだの、猿には毛が三本足りないだの、大きな御世話だ。乃至、鳥は空を飛ぶ物だの、飯は食ふものだの、しかも俺等の仲間は生命なきもの、意識なきもの也と、抜かすではないか、チヤンチヤラ可笑しくつて、御臍が御茶を湧かして、煮えてこぼれてしまふは、人間が勝手にこしらへた、一人ヨガリの理窟とか、道理とか云ふものを見給へ、こんな、愚にも付かん事が、よく云はれた物さ。俺見たいな物でも思ふね。人間のする事、なす事、云ふ事、皆、何等かの(仮定)と云ふ物を宥《ゆる》して居るのだ。「仮定」の二字を人間から取つてしまつたら、人間はどーする気だらう。それこそ、二進《につち》も三進《さつち》も、動きが取れた物では無い。学者と云ふ人間の口から、「此の仮定をゆるして」と云ふ言葉を取つてしまつたら、後には、何が残つて居るだらう。しかも、此仮定が永久に説明の出来んものだから、猶更、面白いではないか。〇《ゼロ》とは何だ、一とは何、一と一と加へて二となるとは何だ、一と一とを加へ二となると云ふ仮定を「宥す」と云ふなら、一と一を加へて三となるといふ仮定も「宥され」ないと云ふ理窟は、俺等の世界には無いのだ。
 要するに、二にならうが、三にならうが、随意に宥すのだから、泥田から出て来た足さ。こんな幼稚な事で満足して居て、しかも、俺等の事は、生なき物だと云ふ人間は、どこ迄馬鹿だらう、ズー/\しいだらう。俺等の仲間で話しあふ言葉、成程、人間には解らないだらう。併し、解らないからつて、有る物は矢張り有る。昼でも空には星がある。もし夜と云ふ物がなかつたら、人間には、美しい星の輝きは、永久に見られなかつただらう。
 人間の知恵といふ奴は、大凡、こんな物だ。こんな話は抜きにして、此の北寮には、学生が七十人計り居る。但し、女は一人も居ない。必ずやなれば、洗濯屋の婆々だらう。名は体を現はすと云ふから、北寮丈に、ホク/\してゐるかと思つたが、年中、苦虫を噛みつぶした様な婆々さ。俺が北寮へ来てから二三日の間は、只ブラ/\と、さして大変動もなく暮して居たが、いやどーも、其の騒がしい事、汚い事。笑ふ、叫ぶ、唸る、泣きはしまいが、塵埃濛々然としてゐる中で、騒ぐは/\。三日目の晩、これが、俺の生涯忘れられないと云ふ日だ。なに老爺の命日だらう。それ処の話ではないさ。その晩にあつた事は、それから、
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