むらさきのみだれ花、
こゑはあまく 羽ばたきはとけるやうに耳をうち、
肌のひかりはぬれてふるへる朝のぼたんのやうにあやふく、
こころはほどのよい湿りにおそはれてよろめき、
みちもなく ただ そよいでくるあまいこゑにいだかれ、
みどりの泡をもつ このすがすがしいはかない幸福、
ななめにかたむいて散らうともしない迷ひのそぞろあるき、
恐れとなやみとの網にかけられて身をほそらせる微風の卵。


  莟から莟へあるいてゆく人

まだ こころをあかさない
とほいむかうにある恋人のこゑをきいてゐると、
ゆらゆらする うすあかいつぼみの花を
ひとつひとつ あやぶみながらあるいてゆくやうです。
その花の
ひとの手にひらかれるのをおそれながら、
かすかな ゆくすゑのにほひをおもひながら、
やはらかにみがかれたしろい足で
そのあたりをあるいてゆくのです。
ゆふやみの花と花とのあひだに
こなをまきちらす花蜂《はなばち》のやうに
あなたのみづみづしいこゑにぬれまみれて、
ねむり心地《ごこち》にあるいてゆくのです。


  六月の雨

六月はこもるあめ、くさいろのあめ、
なめくぢいろのあめ、
ひかりをおほひか
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