藍色の蟇
大手拓次

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)寝間《ねま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二|疋《ひき》の犬

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「女+冒」、第4水準2−5−68]嫉《ばうしつ》
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  藍色の蟇

森の宝庫の寝間《ねま》に
藍色の蟇は黄色い息をはいて
陰湿の暗い暖炉のなかにひとつの絵模様をかく。
太陽の隠し子のやうにひよわの少年は
美しい葡萄のやうな眼をもつて、
行くよ、行くよ、いさましげに、
空想の猟人《かりうど》はやはらかいカンガルウの編靴《あみぐつ》に。


  陶器の鴉

陶器製のあをい鴉《からす》、
なめらかな母韻をつつんでおそひくるあをがらす、
うまれたままの暖かさでお前はよろよろする。
嘴《くちばし》の大きい、眼のおほきい、わるだくみのありさうな青鴉《あをがらす》、
この日和のしづかさを食べろ。


  しなびた船

海がある、
お前の手のひらの海がある。
苺《いちご》の実の汁を吸ひながら、
わたしはよろける。
わたしはお前の手のなかへ捲きこまれる。
逼塞《ひつそく》した息はお腹《なか》の上へ墓標《はかじるし》をたてようとする。
灰色の謀叛よ、お前の魂を火皿《ほざら》の心《しん》にささげて、
清浄に、安らかに伝道のために死なうではないか。


  黄金の闇

南がふいて
鳩の胸が光りにふるへ、
わたしの頭は醸された酒のやうに黴の花をはねのける。
赤い護謨《ごむ》のやうにおびえる唇が
力《ちから》なげに、けれど親しげに内輪な歩みぶりをほのめかす。
わたしは今、反省と悔悟の闇に
あまくこぼれおちる情趣を抱きしめる。
白い羽根蒲団の上に、
産み月の黄金《わうごん》の闇は
悩みをふくんでゐる。


  槍の野辺

うす紅い昼の衣裳をきて、お前といふ異国の夢がしとやかにわたしの胸をめぐる。
執拗な陰気な顔をしてる愚かな乳母《うば》は
うつとりと見惚れて、くやしいけれど言葉も出ない。
古い香木のもえる煙のやうにたちのぼる
この紛乱《ふんらん》した人間の隠遁性と何物をも恐れない暴逆な復讐心とが、
温和な春の日の箱車《はこぐるま》のなかに狎《な》れ親しんで
ちやうど麝香猫と褐色の栗鼠《りす》とのやうにいがみあふ。
をりをりは麗しくきらめく白い歯の争闘に倦怠の世は旋風の壁模様に眺め入る。


  鳥の毛の鞭

尼僧のおとづれてくるやうに思はれて、なんとも言ひやうのない寂しさ いらだたしさに張りもなくだらける。
嫉妬よ、嫉妬よ、
やはらかい濡葉《ぬれば》のしたをこごみがちに迷つて、
鳥の毛の古甕色《こがめいろ》の悲しい鞭にうたれる。
お前はやさしい悩みを生む花嫁、
わたしはお前のつつましやかな姿にほれる。
花嫁よ、けむりのやうにふくらむ花嫁よ、
わたしはお前の手にもたれてゆかう。


  撒水車の小僧たち

お前は撒水車をひく小僧たち、
川ぞひのひろい市街を悠長にかけめぐる。
紅や緑や光のある色はみんなおほひかくされ、
Silence《シイランス》 と廃滅《はいめつ》の水色の色の行者のみがうろつく。
これがわたしの隠しやうもない生活の姿だ。
ああわたしの果てもない寂寥を
街のかなたこなたに撒きちらせ、撒きちらせ。
撒水車の小僧たち、
あはい予言の日和が生れるより先に、
つきせないわたしの寂寥をまきちらせまきちらせ。
海のやうにわきでるわたしの寂寥をまきちらせ。


  羊皮をきた召使

お前は羊皮《やうひ》をきた召使だ。
くさつた思想をもちはこぶおとなしい召使だ。
お前は紅い羊皮をきたつつましい召使だ。
あの ふるい手なれた鎔炉のそばに
お前はいつも生生《いきいき》した眼で待つてゐる。
ほんたうにお前は気の毒なほど新らしい無智を食べてゐる。
やはらかい羊の皮のきものをきて
すずしい眼で御用をきいてゐる。
すこしはなまけてもいいよ、
すこしはあそんでもいいよ、
夜になつたらお前自身の考をゆるしてやる。
ぬけ羽のことさへわすれた老鳥《おいどり》が
お前のあたまのうへにびつこをひいてゐる。


  のびてゆく不具

わたしはなんにもしらない。
ただぼんやりとすわつてゐる。
さうして、わたしのあたまが香のけむりのくゆるやうにわらわら[#「わらわら」に傍点]とみだれてゐる。
あたまはじぶんから
あはう[#「あはう」に傍点]のやうにすべての物音に負かされてゐる。
かびのはえたやうなしめつぽい木霊《こだま》が
はりあひもなくはねかへつてゐる。
のぞみのない不具《かたは》めが
もうおれひとりといはぬばかりに
あたらしい生活のあとを食ひあらしてゆく。
わたしはか
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