も伸びてきて、
おとろへた人人のために
音《ね》をうつやうな香炉をたく。
ああ 凋滅《てうめつ》のまへにさきだつこゑは
無窮の美をおびて境界をこえ、
白い木馬にまたがつてこともなくゆきすぎる。


  創造の草笛

あなたはしづかにわたしのまはりをとりまいてゐる。
わたしが くらい底のない闇につきおとされて、
くるしさにもがくとき、
あなたのひかりがきらきらとかがやく。
わたしの手をひきだしてくれるものは、
あなたの心のながれよりほかにはない。
朝露のやうにすずしい言葉をうむものは、
あなたの身ぶりよりほかにはない。
あなたは、いつもいつもあたらしい創造の草笛である。
水のおもてをかける草笛よ、
また とほくのはうへにげてゆく草笛よ、
しづかにかなしくうたつてくれ。


  球形の鬼

あつまるものをよせあつめ、
ぐわうぐわうと鳴るひとつの箱のなかに、
やうやく眼をあきかけた此世の鬼は
うすいあま皮《かは》に包まれたままでわづかに息《いき》をふいてゐる。
香具をもたらしてゆく虚妄の妖艶、
さんさんと鳴る銀と白蝋の燈架のうへのいのちは、
ひとしく手をたたいて消えんことをのぞんでゐる。
みよ、みよ、
世界をおしかくす赤《あか》いふくらんだ大足《おほあし》は
夕焼のごとく影をあらはさうとする。
ああ、力《ちから》と闇《やみ》とに満ちた球形《きうけい》の鬼《おに》よ、
その鳴りひびく胎期の長くあれ、長くあれ。


  ふくろふの笛

とびちがふ とびちがふ暗闇《くらやみ》のぬけ羽《ば》の手、
その手は丘をひきよせてみだれる。
そしてまた 死の輪飾りを
薔薇のつぼみのやうなお前のやはらかい肩へおくるだらう。
おききなさい、
今も今とて ふくろふの笛は足ずりをして
あをいけむりのなかにうなだれるお前のからだを
とほくへ とほくへと追ひのける。


  くちなし色の車

つらなつてくる車のあとに また車がある。
あをい背旗《せばた》をたてならべ、
どこへゆくのやら若い人たちがくるではないか、
しやりしやりと鳴るあらつちのうへを
うれひにのべられた小砂利《こじやり》のうへを
笑顔しながら羽ぶるひをする人たちがゆく。
さうして、くちなし色の車のかずが
河豚《ふぐ》のやうな闇のなかにのまれた。


  春のかなしみ

かなしみよ、
なんともいへない 深いふかい春のかなしみよ、
やせほそつた幹《みき》に春はたうとうふうはりした生きもののかなしみをつけた。
のたりのたりした海原のはてしないとほくの方へゆくやうに
ああ このとめどもない悔恨のかなしみよ、
温室のなかに長いもすそをひく草のやうに
かなしみはよわよわしい頼《たよ》り気をなびかしてゐる。
空想の階段にうかぶ鳩の足どりに
かなしみはだんだんに虚無の宮殿にちかよつてゆく。


  輝く城のなかへ

みなとを出る船は黄色い帆をあげて去つた。
嘴《くちばし》は木の葉の群をささやいて
海の鳥はけむりを焚いてゐる。
磯辺の草は亡霊の影をそだてて、
わきかへるうしほのなかへわたしは身をなげる。
わたしの身にからまる魚のうろこをぬいで、
泥土に輝く城のなかへ。


  銀の足鐶
   ――死人の家をよみて――

囚徒らの足にはまばゆい銀のくさりがついてゐる。
そのくさりの鐶《くわん》は しづかにけむる如く
呼吸をよび 嘆息をうながし、
力をはらむ鳥の翅《つばさ》のやうにささやきを起して、
これら 憂愁にとざされた囚徒らのうへに光をなげる。
くらく いんうつに見える囚徒らの日常のくさむらをうごかすものは、
その、感触のなつかしく 強靱なる銀の足鐶《あしわ》である。
死滅のほそい途《みち》に心を向ける これらバラツクのなかの人人は
おそろしい空想家である。
彼等は精彩ある巣をつくり、雛《ひな》をつくり、
海をわたつてとびゆく候鳥である。


  ひろがる肉体

わたしのこゑはほら貝のやうにとほくひろがる。
わたしはじぶんの腹をおさへてどしどしとあるくと、
日光は緋のきれのやうにとびちり、
空気はあをい胎壁《たいへき》の息のやうに泡をわきたたせる。
山や河や丘や野や、すべてひとつのけものとなつてわたしにつきしたがふ。
わたしの足は土となつてひろがり
わたしのからだは香《にほひ》となつてひろがる。
いろいろの法規は屑肉《くづにく》のやうにわたしのゑさとなる。
かくして、わたしはだんまりのほら貝のうちにかくれる。
つんぼの月、めくらの月、
わたしはまだ滅しつくさなかつた。


  躁忙

ひややかな火のほとりをとぶ虫のやうに
くるくるといらだち、をののき、おびえつつ、さわがしい私よ
野をかける仔牛のおどろき、
あかくもえあがる雲の真下に慟哭をつつんでかける毛なみのうつくしい仔牛のむれ。
鉤《はり》を産む風は輝く宝石の
前へ 次へ
全16ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大手 拓次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング