しろい しろい 火のすがたである。


  みづいろの風よ

かぜよ、
松林《しやうりん》をぬけてくる 五月の風よ、
うすみどりの風よ、
そよかぜよ、そよかぜよ、ねむりの風よ、
わたしの髪を なよなよとする風よ、
わたしの手を わたしの足を
そして夢におぼれるわたしの心を
みづいろの ひかりのなかに 覚《さ》まさせる風よ、
かなしみとさびしさを
ひとつひとつに消してゆく風よ、
やはらかい うまれたばかりの銀色の風よ、
かぜよ、かぜよ、
かろくうづまく さやさやとした海辺の風よ、
風はおまへの手のやうに しろく つめたく
薔薇の花びらのかげのやうに ふくよかに
ゆれてゐる ゆれてゐる、
わたしの あはいまどろみのうへに。


  睫毛のなかの微風

そよかぜよ、
こゑをしのんでくる そよかぜよ、
ひそかのささやきにも似た にほひをうつす そよかぜよ、
とほく 旅路のおもひをかよはせる そよかぜよ、
しろい 子鳩の羽《はね》のなかにひそむ そよかぜよ、
まつ毛のなかに 思ひでの日をかたる そよかぜよ、
そよかぜよ、そよかぜよ、ひかりの風よ、そよかぜは
胸のなかにひらく 今日《けふ》の花 昨日《きのふ》の花 明日《あした》の花。


  そよぐ幻影

あなたは ひかりのなかに さうらうとしてよろめく花、
あなたは はてしなくくもりゆく こゑのなかのひとつの魚《うを》、
こころを したたらし、
ことばを おぼろに けはひして、
あをく かろがろと ゆめをかさねる。
あなたは みづのうへに うかび ながれつつ
ゆふぐれの とほいしづけさをよぶ。

あなたは すがたのない うみのともしび、
あなたは たえまなく うまれでる 生涯の花しべ、
あなたは みえ、
あなたは かくれ、
あなたは よろよろとして わたしの心のなかに 咲きにほふ。

みづいろの あをいまぼろしの あゆみくるとき、
わたしは そこともなく ただよひ、
ふかぶかとして ゆめにおぼれる。

ふりしきる ささめゆきのやうに
わたしのこころは ながれ ながれて、
ほのぼのと 死のくちびるのうへに たはむれる。

あなたは みちもなくゆきかふ むらむらとしたかげ、
かげは にほやかに もつれ、
かげは やさしく ふきみだれる。


  薔薇の散策

     1

地上のかげをふかめて、昏昏とねむる薔薇の唇。

     2

白熱の俎上にをどる薔薇、薔薇、薔薇。

     3

しろくなよなよとひらく、あけがた色の勤行《ごんぎやう》の薔薇の花。

     4

刺《とげ》をかさね、刺《とげ》をかさね、いよいよに にほひをそだてる薔薇の花。

     5
翅《つばさ》のおとを聴かんとして 水鏡《みづかがみ》する 喪心《さうしん》の あゆみゆく薔薇

     6

ひひらぎの葉《は》のねむるやうに ゆめをおひかける 霧色《きりいろ》の薔薇の花。

     7

いらくさの影《かげ》にかこまれ 茫茫とした色をぬけでる 真珠色の薔薇の花。

     8

黙祷の禁忌のなかにさきいでる 形《かたち》なき蒼白の 法体《ほつたい》の薔薇の花。

     9

欝金色の月に釣られる 盲目の ただよへる薔薇。

     10[#「10」は縦中横]

ひそまりしづむ木立《こだち》に 鐘をこもらせるうすゆきいろの薔薇の花。

     11[#「11」は縦中横]

すぎさりし月光にみなぎる 雨の薔薇の花。

     12[#「12」は縦中横]

吐息をひらかせる ゆふぐれの 喘《あへ》ぎの薔薇の花。

     13[#「13」は縦中横]

ひねもすを嗟嘆する 南の色の薔薇の花。

     14[#「14」は縦中横]

火のなかにたはむれる 真昼の靴をはいた黒耀石の薔薇の花。

     15[#「15」は縦中横]

くもり日《び》の顔に映る 大空の窗《まど》の薔薇の花。

     16[#「16」は縦中横]

掌《て》はみづにかくれ 微風《そよかぜ》の夢をゆめみる 未生《みしやう》の薔薇の花。

     17[#「17」は縦中横]

鵞毛《がもう》のやうにゆききする 風にさそはれて朝化粧《あさげしやう》する薔薇の花。

     18[#「18」は縦中横]

みどりのなかに 生《お》ひいでた 手も足も風にあふれる薔薇の花。

     19[#「19」は縦中横]

眼にみえぬ ゆふぐれのなみだをためて ひとつひとつにつづりあはせた 紅玉色《こうぎよくいろ》の薔薇の花。

     20[#「20」は縦中横]

現《うつつ》なるにほひのなかに 現《うつつ》ならぬ思ひをやどす 一輪のしづまりかへる薔薇の花。

     21[#「21」は縦中横]

眼と眼のなかに 空色の時
前へ 次へ
全16ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大手 拓次 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング