い大蜘蛛は
手品のやうにするすると糸をたれて、
そのふしぎな心の運命《さだめ》を織る。
ああ、
ゆふぐれの野のはてにひとりつぶやく太陽の
かなしくゆがんだわらひ顔、
黄色い蜘蛛はた[#「た」に傍点]・た[#「た」に傍点]・た[#「た」に傍点]と織りつづける。
女のやうにべつたりとしたおほきな蜘蛛は、
くたびれるのもしらないで、
足も 手も ぐるぐるする眼も
葉ずれの蘆のやうに、するどくするどくうごいてゐる。
指頭の妖怪
あをじろむ指のさきから、
小鳥がまひたつてゆく。
ぎらぎらにくもる地面の床《とこ》のうへに、
片足でおとろへはてながら、
うづまきながらのしかかつてくる。
まつくろな蛇の腹のやうな太鼓のおとが
ぼろんぼろんとなげくのだ。
わたしのあをじろむ指のさきからにげてゆく月夜の雨、
毛ばだつた秋の果物《くだもの》のやうな
ふといぬめぬめ[#「ぬめぬめ」に傍点]とした頸《くび》をねぢらせ、
なまめく頸をねぢらせ、
秋のこゑをつぶやき、
秋のつめたさをおさへつける。
ぼろんぼろんとやぶれた魂の糸をかきならし、
熱く、ものうく、身をかきむしつて、
さびしい秋のつめたさをおさへつける。
まがりくねつた この秋のさびしさを、
あやしくふりむけるお前のなまなましい頸のうめきに、
たよりなくもとほざけるのだ。
しろくひかる粘液をひいて、
うねりをうつお前の頸に
なげつけられた言葉の世にも稀なにほひ。
ぼろんぼろんと
わたしの遠耳にきこえてくるあやしい太鼓のおと。
わかれることの寂しさ
あの人はわたしたちとわかれてゆきました。
わたしはあの人を別に好いても嫌つてもゐませんでした。
それだのに、
あの人がわたしたちからはなれてゆくのをみると、
あの人がなじみのやせた顔をもつて去つてゆくのをおもふと、
わけもないものさびしさが
あはくわたしの胸のそこにながれてゆきます。
人の世の 生きてわかれてゆくながれのさびしさ。
あの人のほのじろい顔も、
なじみの調度《てうど》のなかにもう見えなくなるのかと思ふと、
さだめなくあひ、さだめなくはなれ、
わづかのことばのうちにゆふぐれのささやきをにごした
そのふしぎの時間は、
とほくきえてゆくわたしの足あとを、
鳥のはねのやうにはたはた[#「はたはた」に傍点]と羽ばたきをさせるのです。
わらひのひらめき
あのしめやかなうれひにとざされた顔のなかから、
をりふしにこぼれでる
あはあはしいわらひのひらめき。
しろくうるほひのあるひらめき、
それは誰にこたへたわらひでせう。
きぬずれのおとのやうなひらめき、
それはだれをむかへるわらひでせう。
うれひにとざされた顔のなかに咲きいでる
みづいろのともしびの花、
ふしめしたをとめよ、
あなたの肌のそよかぜは誰へふいてゆくのでせう。
夏の夜の薔薇
手に笑とささやきとの吹雪する夏の夜《よる》、
黒髪のみだれ心地の眼がよろよろとして、
うつさうとしげる森の身ごもりのやうにたふれる。
あたらしいされかうべのうへに、
ほそぼそとむらがりかかるむらさきのばらの花びら、
夏の夜の銀色の淫縦《いんじゆう》をつらぬいて、
よろめきながれる薔薇の怪物。
みたまへ、
雪のやうにしろい腕こそは女王のばら、
まるく息づく胴《トルス》は黒い大輪のばら、
ふつくりとして指のたにまに媚をかくす足は欝金《うこん》のばら、
ゆきずりに秘密をふきだすやはらかい肩は真赤《まつか》なばら、
帯のしたにむつくりともりあがる腹はあをい臨終のばら、
こつそりとひそかに匂ふすべすべしたつぼみのばら、
ひびきをうちだすただれた老女のばら、
舌と舌とをつなぎあはせる絹のばらの花。
あたらしいふらふらするされかうべのうへに
むらむらとおそひかかるねずみいろの病気のばら、
香料の吐息をもらすばらの肉体よ、
芳香の淵にざわざわとおよぐばらの肉体よ、
いそげよ、いそげよ、
沈黙にいきづまる歓楽の祈祷にいそげよ。
木製の人魚
こゑはとほくをまねき、
しづかにべにの鳩をうなづかせ、
よれよれてのぼる火繩《ひなは》の秋をうつろにする。
こゑはさびしくぬけて、
うつろを見はり、
ながれる身のうへににほひをうつす。
くちびるはあをくもえて、
うみのまくらにねむり、
むらがりしづむ藻草《もぐさ》のかげに眼をよせる。
洋装した十六の娘
そのやはらかなまるい肩は、
まだあをい水蜜桃のやうに媚《こび》の芽をふかないけれど、
すこしあせばんだうぶ毛がしろい肌にぴちやつ[#「ぴちやつ」に傍点]とくつついてゐるやうすは、
なんだか、かんで食べたいやうな不思議なあまい食欲をそそる。
十四のをとめ
そのすがたからは空色のみづがながれ、
きよらかな、ものを吸ふやうな眼、
けだかい鼻、
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