くして窓《まど》のなかに息をはくねずみいろのあめ、
しろい顔をぬらして みちにたたずむひとのあり、
たぎりたつ思ひをふさぐぬかのあめ、みみずのあめ、たれぬののあめ、
たえまないをやみのあめのいと、
もののくされであり、やまひであり、うまれである この霖雨《ながあめ》のあし、
わたしはからだの眼といふ眼をふさいでひきこもり、
うぶ毛の月のほとりにふらふらとまよひでる。


  卵の月

そよかぜよ そよかぜよ、
わたしはあをいはねの鳥、
みづはながれ、
そよかぜはむねをあたためる。
この しつとりとした六月の日は
ものをふくらめ こころよくたたき、
まつしろい卵をうむ。
そよかぜのしめつたかほも
なつかしく心をおかし、
まつしろい卵のはだのなめらかなかがやき、
卵よ 卵よ
あをいはねをふるはして卵をながめる鳥、
まつしろ 卵よ ふくらめ ふくらめ、
はれた日に その肌をひらひらとふくらませよ。


  春の日の女のゆび

この ぬるぬるとした空気のゆめのなかに、
かずかずのをんなの指といふ指は
よろこびにふるへながら かすかにしめりつつ、
ほのかにあせばんでしづまり、
しろい丁字草《ちやうじさう》のにほひをかくして のがれゆき、
ときめく波のやうに おびえる死人の薔薇をあらはにする。
それは みづからでた魚《うを》のやうにぬれて なまめかしくひかり、
ところどころに眼をあけて ほのめきをむさぼる。
ゆびよ ゆびよ 春のひのゆびよ、
おまへは ふたたびみづにいらうとする魚《うを》である。


  黄色い接吻

もう わすれてしまつた
葉かげのしげりにひそんでゐる
なめらかなかげをのぞかう。
なんといふことなしに
あたりのものが うねうねとした宵でした。
をんなは しろいいきもののやうにむづむづしてゐました。
わたしのくちびるが
魚《うを》のやうに
はを はを はを はを はを
それは それは
あかるく きいろい接吻でありました。


  頸をくくられる者の歓び

指をおもうてゐるわたしは
ふるへる わたしの髪の毛をたかくよぢのぼらせて、
げらげらする怪鳥《くわいてう》の寝声《ねごゑ》をまねきよせる。
ふくふくと なほしめやかに香気をふくんで霧のやうにいきりたつ
あなたの ゆびのなぐさみのために、
この 月の沼によどむやうな わたしのほのじろい頸をしめくくつてください。

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