ノへづくゑ》を見る。像の古《ふ》りたるは色褪《いろあ》せて、これを圍める彩畫ある板壁さへ、半ば朽ちて地に委《ゆだ》ねたれど、中には聖母兒《せいぼじ》の丹粉《にのこ》猶|鮮《あざやか》かなるもなきにあらず。御者はその古きに逢ひては顧みだにせねど、その新なるを見るごとに、必ず脱帽して過ぐ。われはその何の心なるを知らずして、唯※[#二の字点、1−2−22]聖母の貴きすら、色褪せては人に崇《あが》めらるゝことなきを歎じたり。
ヰチエンツア[#「ヰチエンツア」に二重傍線]を過ぎぬれど、パラヂオ[#「パラヂオ」に傍線](中興時代の名ある畫師)が美術も光明を我胸の闇に投ずること能はざりき。ヱロナ[#「ヱロナ」に二重傍線]は始て稍※[#二の字点、1−2−22]我心を動したり。石級のコリゼエオ[#「コリゼエオ」に二重傍線]に似たるありて、幸に兵燹《へいせん》を免れ、人をして小羅馬に入る感あらしむ。柱列の間《あひだ》なる廣き處は、今税關となり、演戲場の中央には、板を列ね幕を張りて、假に舞臺を補理《しつら》ひ、旅役者の興行に供せり。夜に入りて我は試《こゝろみ》に往きて看つ。ヱロナ[#「ヱロナ」に二重傍線]
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