ョ悸を感じたり。われは暫くの間、傍なる紳士に其名を問ふことを敢てせざりき。われ。此女優の名をば何とかいふ。紳士。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]といへり。歌ふことを善くせぬに、その顏ばせさへこれが償《つぐのひ》をなすに足らねば、顧みる人なきもことわりなり。此詞は句々腐蝕する藥の如く我心上に印せり。われは瞠目枯坐して心《しん》を喪《うしな》ふものゝ如くなりき。
 女王は歌ひはじめき。否、こはアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が聲ならず。微かにして恃《たのみ》なく、濁りて響かず。紳士。この喉には些《いさゝか》の修行の痕あるに似たれど、氣の毒なるは聲に力なきことなり。われ。(騷ぐ胸を押し鎭めて)さきには羅馬《ロオマ》、拿破里《ナポリ》に譽《ほまれ》を馳せたる西班牙《スパニア》生れの少女《をとめ》ありしが、この女優は偶※[#二の字点、1−2−22]《たま/\》其名を同じうして、色も聲もこれに似ること能はざりしよ。紳士。否、この女優こそはその名譽あるアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]がなれる果《はて》なれ。盛名一時に騷ぎしは七八年《なゝやとせ》前のことなるべし。當時は年もまだ
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