V漁ありて、褐《かち》いろなる無庇帽《つばなしばうし》を戴き指を組み合せて立ちたりしに、不意にあなやと叫べり。聲未だ畢《をは》らざるに、我等は黒點の泡立てる巨濤の蔭に隱るゝを見たり。果せるかな老漁の目は我を欺かざりき。一群の人は周章の色を現せり。天の漸く明かに、海の漸く靜に、舟人遭難の事の漸く確實になりゆくと共に、周章の色は加はり來れり。小兒は捧げ持ちたりし十字架を地に委《ゆだ》ねて、泣き號《さけ》びつゝ母に縋《すが》りぬ。その時老漁は十字架を地より拾ひて、救世主の足に接吻し、更に高くこれを※[#「敬/手」、第3水準1−84−92]《さゝ》げて口に聖母《マドンナ》の御名を唱へき。
半夜に至りて天に纖雲なく、皎月《けうげつ》はヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]と岸區《リド》との間なる風なき水を照せり。われはポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]と舟を倩《やと》ひて岸區を離れたり。そは留まりて彼の五子の母を慰藉し、又これを救恤《きうじゆつ》するに由なかりしが爲めなり。
感動
翌晩われはポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]とヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]屈指の富人|某《それ》の家
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