ノして眠りしものを。當時わがいよ/\まことの孤《みなしご》になりしをば、まだ熟《よ》くも思ひ得ざりしかど、わが穉き心にも、唯だ何となく物悲しかりき。人々は我に果子《くわし》、くだもの、玩具《もてあそびもの》など與へて、なだめ賺《すか》し、おん身が母は今聖母の許にいませば、日ごとに花祭ありて、めでたき事のみなりといふ。又あすは今一度母上に逢はせんと慰めつ。人々は我にはかく言ふのみなれど、互にさゝやぎあひて、きのふの鷙鳥《してう》の事、怪しき媼《おうな》の事、母上の夢の事など語り、誰も/\母上の死をば豫め知りたりと誇れり。
 暴馬《あれうま》は街はづれにて、立木に突きあたりて止まりぬ。車中よりは、人々齡《よはひ》四十の上を一つ二つ踰《こ》えたる貴人の驚怖のあまりに氣を喪《うしな》はんとしたるを助け出だしき。人の噂を聞くに、この貴人はボルゲエゼ[#「ボルゲエゼ」に傍線]の族《うから》にて、アルバノ[#「アルバノ」に二重傍線]とフラスカアチ[#「フラスカアチ」に二重傍線]との間に、大なる別墅《べつしよ》を搆《かま》へ、そこの苑《その》にはめづらしき草花を植ゑて樂《たのしみ》とせりとなり。世には
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