ニき、われは何處に往くべきぞと問ひぬ。舟人は家と家との間を通ずる、橋の側なる隘《せば》き巷《こうぢ》を指ざし教へつ。兩邊の家に住める人は、おの/\六層樓上の窓を開いて、互に手を握ることを得べく、この日光を受けざる巷は、僅に三人の並び行くことをゆるすなるべし。我舟は既に去りて、身邊また寂《せき》として人を見ず。
 あはれヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]とは是か、海の配偶と云ひ、世界第一の富強者と云ひしヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]とは是か。われは名に聞えたるマルクス[#「マルクス」に傍線]の廣こうぢに入りぬ。こはヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]の心胸と稱すべき處にして、國の性命は此《こゝ》に存ずといふなるに、その所謂《いはゆる》繁華は羅馬のコルソオ[#「コルソオ」に二重傍線]に孰與《いづれ》ぞ、又拿破里《ナポリ》の市に孰與ぞ。石の迫持《せりもち》の下なる長き廊道《わたどのみち》には、書肆《しよし》あり珠玉店あり繪畫鋪あれども、足を其前に留むるもの多からず。唯だ骨喜店《カツフエエ》の前には、幾個の希臘人、土耳格《トルコ》人などの彩衣を纏ひて、口に長き烟管《きせる》を啣《ふく》
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