`ア[#「ヱネチア」に二重傍線]に向へり。

   水の都

 曉に起きて望めば、前面早く家々の壁と寺塔とを辨ずることを得たり。そのさま譬へば帆を揚げたる無數の舟の横に列《つらな》れるが如し。左のかたにはロムバルヂア[#「ロムバルヂア」に二重傍線]の岸の平遠なる景を畫けるあり。遙に地平線に接してはアルピイ[#「アルピイ」に二重傍線]の山脈の蒼靄《さうあい》に似たるあり。われはこれを望みて、彼蒼《ひさう》の廣大なるを感ぜり。天球の半《なかば》は一時に影を我心鏡に映ずることを得たるなり。
 爽涼なる朝風は我感情を冷却せり。我は心裡《しんり》にヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]の歴史を繰り返して、その古《いにしへ》の富、古の繁華、古の獨立、古の權勢|乃至《ないし》大海に配《めあは》すといふ古の大統領《ドオジエ》の事を思ひぬ。(ヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]共和國に「ドオジエ」を置きしは、第八世紀より千七百九十七年に至る。)既にして舟は漸く進み、鹹澤《かんたく》(ラグウナ)の上なる個々の人家を見るに、その壁は黄を帶びたる灰色を呈し、古代の樣式にもあらず、又近時の設計にもあらねば、要する
前へ 次へ
全674ページ中571ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
アンデルセン ハンス・クリスチャン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング