ノ聞きて知りたりしならん。持ち往きて與へよとなり。
 死は蛇の如く我心を纏へり。我は自殺の念の一種の旨味《うまみ》あるを覺えて、心に又此念の生じ來れるを怖れたり。御館の廣き間ごと間ごとに、我はうらさびしき空虚を感ぜり。我はこゝを出でゝカムパニア[#「カムパニア」に二重傍線]の野に往かんことの樂しかるべきをおもひぬ。そは我搖籃のありつる處、ドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]が子もり歌の響きし處の、今更に懷《なつか》しき心地したればなり。
 カムパニア[#「カムパニア」に二重傍線]の廣き野は、この頃の暑さに焦げ爛《たゞ》れて、些《いさゝか》の生氣をだに留めざりき。黄なるテヱエル[#「テヱエル」に二重傍線]の流の、層々の波を滾《まろが》し去るは、そをして海に沒せしめんが爲めなるべし。われは又|蔦蘿《つたがづら》の壁にまとひ屋根にまとへる、小さなる石屋《いはや》を見たり。是れ實にわが少時の天地なりしなり。門の戸は開けり。われは媼の我を見て喜ぶべきを思ひて、胸に樂しく又哀なる一種の感を起しつ。先に此家をおとづれてより、早や一とせを經ぬ。先に羅馬にて彼媼を見しより、早や八月を經ぬ。此間われは媼を忘れ
前へ 次へ
全674ページ中550ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
アンデルセン ハンス・クリスチャン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング