キるが好しとおもひ給ふなれば、そは奈何ともし難けれど、總ておん身を惡《あ》しとおもひ給ひてにはあらず。殊に母上の我に對しておん身を譽め給ふ御詞をば、おん身に聞せまほしきやうなり。師の尼君の宣給《のたま》ふに、おほよそ人と生れて過失なきものあらじとぞ。憚《はゞかり》あることには侍れど、おん身にも總て過失なしとはいひ難くや侍らん。例之《たとへ》ばおん身は、いかなれば一時怒に任せて、彼美しき詩を焚《や》き給ひし。われ。そは世に殘すべき價なければなり。唯だ焚くことの遲かりしこそ恨なれ。姫。否々、われは世の人の心の險《けは》しきを憶《おも》ひ得たり。靜かなる尼寺の垣の内にありて、優しき尼達に交らんことの願はしさよ。われ。げに君が淨き御心にては、しかおもひ給ふなるべし。我心は汚れたり。惠の泉の甘きをば忘れ易くして、一滴の毒水をば繰返して味ふこと、まことに罪深き業《わざ》にこそ侍らめと答へぬ。
この館《たち》には一人として我を憎むものなし。されど尼寺の心安きには似ず。こは小尼公《アベヂツサ》の獨り我に對し給ふとき、屡※[#二の字点、1−2−22]宣給ひし詞なり。われはこの姫をもて我感情の守護神、わ
前へ
次へ
全674ページ中531ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
アンデルセン ハンス・クリスチャン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング