R水準1−87−64]の間に僵《たふ》しつ。我は夢心地の間に姫を抱き起しつ。人々は何事やらんと馳せ集《つど》へり。
フランチエスカ[#「フランチエスカ」に傍線]夫人は聖母《マドンナ》の御名を唱へつ。我手に抱き上げられたる姫は、眞蒼《まさを》なる顏もて母上を仰ぎ見つゝ、足すべりて爐の中に倒れ、手少し傷け侍り、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]なかりせば大いなる怪我をもすべかりしをと宣給ひぬ。われは激しき感情に襲はれて、口に一語を發すること能はず、只だ喪心せるものゝ如くなりき。
姫は右手《めて》を劇《はげ》しく燒き給へり。一家の騷擾《さうぜう》は一方ならず。彼問ひ此答ふる繁《しげ》き詞の中にも、幸にして人の我詩卷を問ふ者なく、我も亦|默《もだ》ありければ、ダヰツト[#「ダヰツト」に傍線]の詩篇の事は終に復た一人の口に上ることなかりき。あらず、後に至りてこれに言ひ及びし人唯一人あり。そは我が爲めに翼を焦しゝ天使なりき、小尼公なりき。嗚呼、小尼公なかりせば、われは全く厭世の淵に沈み果てしならん。われをして人の心の猶頼むべきを覺えしめ、われをして少時の淨き心を喚び返さしめたるは、げにこのボ
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