と同じく、何の恩讐《おんしう》も無之、一切|事濟《ことずみ》と看做《みなし》候て宜《よ》かるべしと存候。然上《しかるうへ》は即興詩人と爲り藝人と爲りて公衆の前に出でられ候とも、拙者に於いて故障等可申には無之候。唯此際申入置度は、後日貴君の拙者一家に於ける從來の關係等、一切口外下さる間敷《まじき》儀に御座候。生涯當家の恩義忘却致さずとは先年度々申聞けられ候處に有之候へども、拙者に報ずる所以の最大事件たる學問修行をば塵芥の如く棄てられ候て、今は其最小事件即ち拙者を呼ぶに恩人を以てせられ候儀さへ、拙者の心に屑《いさぎよし》とせざるものと成果《なりはて》候段、歎息の外無之候。草々不宣。
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 われは血の胸に迫るを覺えて、兩手《もろて》は力なく膝の上に垂れたり。泣かば心鎭まるべけれども涙出でず、祈らば力着くべけれども語《ことば》出でず。我は悶絶せる人の如く、頭を卓上に支へて坐すること良※[#二の字点、1−2−22]《やゝ》久しかりしが、其間何の思ふところもあらざりき。われは痛苦をだに明には覺えざりしなり。只だ心の底には言ふべからざる寂しさを感じて、今は聖母《マドンナ》さへ
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