の人の心鈍く氣長き爲に、旅人の迷惑いかばかりぞと罵りしが、やうやく思ひあきらめたりと覺しく、大なる紛※[#「巾+兌」、75−中段−15]《てふき》を結びて頭巾となし、兩の耳も隱るゝやうに被り、眼を閉ぢて默坐せり。馭者の語るを聞けば、この英人は伊太利に來てより十日あまりなるべし。北伊太利、中伊太利をばことごとく見果てつ。羅馬をば一日に看盡したり。此より拿破里にゆきて、ヱズヰオ[#「ヱズヰオ」に二重傍線]に登り、汽船にて馬耳塞《マルセイユ》に渡り、南佛蘭西を遊歴すべしとなり。士兵八騎はいかめしく物具して至れり。馭者は鞭を揮《ふる》へり。馬も車も、忽ち黄なる岩壁にそひたる閭門《りよもん》を過ぎ去りぬ。
一故人
客舍の前にはたけ矮《ひく》く逞《たく》ましげなる男ありて、車の去るを見送りたるが、手に持てる鞭を揮ひて鳴らし、あたりの人に向ひていふやう。護衞はいかに嚴めしくとも、兵器《うちもの》の數はいかに多くとも、我客人となりて往くことの安穩なるには若《し》かじ。英吉利人ほど心忙しきものはなし。馬はいつも驅歩《かけあし》なり。氣まぐれなる人柄かなと嘲《あざ》み笑へり。われこれに聲かけ
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