アとなり。
 今杖の前に立てる翁は、こよひ此街のをぐらき方を、靜に走り過ぎんとしたるなり。「モルラ」といふ戲《たはぶれ》せんと集ひたりし男ども、道に遊び居たりし童等は、早くこれを見付けて、見よ人々、猶太の爺《ぢゞ》こそ來ぬれと叫びぬ。翁はさりげなく過ぎんとせしに、群衆はゆくてに立ちふさがりて通さず。かの肥えたる男は、杖を翁が前に横へて、これを跳り超えて行け、さらずは廓の門の閉ぢらるゝ迄えこそは通すまじけれ、我等は汝が足の健《すこやか》さを見んと呼びたり。童等はもろ聲に、超えよ超えよ、亞伯罕《アブラハム》の神は汝を助くるならんといと喧しく囃《はや》したり。翁は聖母の像を指ざしていふやう。人々あれを見給へ。おん身等もかしこに跪きては、慈悲を願ひ給ふならずや。我はおん身等に對して何の辜《つみ》をもおかしゝことなし。我髮の白きを憫《あはれ》み給はゞ、恙《つゝが》なく家に歸らしめ給へといふ。杖持ちたる男|冷笑《あざわら》ひて、聖母|爭《いか》でか猶太の狗《いぬ》を顧み給はん、疾《と》く跳り超えよといひつゝいよ/\翁に迫る程に、群衆は次第に狹き圈《わ》を畫して、翁の爲《せ》んやうを見んものをと、息
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